姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

53. 再会

(あ……あ……あの人だわ……!)

 まさか本当に来るだなんて……!

 ハリントン前公爵夫人がにこやかに迎えるこのサロンに堂々と現れたのは、他ならぬディーナ・ブレイシー侯爵令嬢だった。目の覚めるようなルビーレッドのデイドレスには同系色のレースの刺繍がふんだんに施されている。よほど赤がお好きなのだろう。赤いドレス姿しか見たことがない。相変わらず燃えるような真っ赤な瞳に、同じ色の口紅をひき、ハーフアップに結われた艶やかな金髪は今日も完璧にくるくると巻かれている。髪や首、耳元にはダイヤモンドの装飾品の数々。眩しすぎて圧倒される。
 ブレイシー侯爵令嬢は使用人などには見向きもせず、私の前も素通りし、真っ直ぐに奥のハリントン前公爵夫人の元へと向かった。そして丁寧に挨拶をする。

「ご招待いただいたこと、母も喜んでおりましたわ。先週から父と共に視察に行っておりまして、本日こちらへ来られないことを詫びておりましたの。お許しあそばして」
「まぁ、構いませんのよ、そんなこと。ご丁寧なお手紙もいただいたわ。ロイドとの間に生じた誤解とやらが、今日解けたらいいのですけど。素敵なお召し物ね、ディーナ嬢。あなたはいつも華やかだこと。ゆっくりなさっていってね」
「ま、ありがとう存じますわ夫人。私も早く、ロイド様とお話しがしたいです」

 そう言ってほほ、と上品に笑うそのしなやかな仕草は、先日私に扇を振り上げた人と同一人物とはとても思えなかった。
 ハリントン前公爵夫人は柔らかく微笑んで言った。

「ええ。ごめんなさいね、ロイドは直前まで仕事をしていたいから、皆さんがお揃いになったら呼んでほしいと、まだ執務室にこもっているのよ。そろそろ呼びにやりましょうね」

 夫人がそう言って目配せすると、ベテランの使用人の一人がスッとサロンを出て行った。旦那様の執務室へ向かったのだろう。
 そうこうしているうちに、サロンの中に次々とご令嬢方が姿を現しはじめた。大抵は母親と見られるご婦人を伴っている。皆なんて華やかなのだろう。色とりどりの高級そうなドレスをまとい、きらびやかな宝石を身に着け、洗練された動きで前公爵夫人に挨拶を済ませると、それぞれが流れるように席につく。誰もがとても美しく、上品だ。そしてそんな彼女たちを見ているうちに、自分の心がどんどん沈んでいっていることに気付いた。

(……この中のどなたかが、旦那様の奥様になるかもしれないんだ……)

 そう考えた瞬間、胸に明確な痛みが走る。

(……っ?)

 だから、どうして私はこんなにも────……

「……ミシェルさん」
「っ!」

 その時、隣に立っていたアマンダさんが私に向かって囁いた。

「そろそろ準備しましょう」
「あ……はいっ」

 その言葉に我に返り、私はアマンダさんや他の使用人たちと同様に、サロンの隅で紅茶や茶菓子の準備を始めたのだった。
 背後からは続々とやって来る女性たちと前公爵夫人の交わす挨拶が聞こえている。

「本日はお招きいただきありがとうございます、夫人。心より感謝申し上げますわ。こちらは娘のヴィオレッタですわ」
「まぁ、もちろん覚えていてよ。また美しく成長されましたこと」
 
「大変ご無沙汰しておりますわ、夫人。このような機会を設けていただき、娘のアリシア共々、心から夫人に感謝申し上げますわ」
「遠路はるばるありがとう、侯爵夫人、アリシア嬢。どうぞゆっくりなさってね」

 そんな挨拶が繰り返される中、ふいにある人たちの声が耳に飛び込んできた。

「本日はお招きありがとう存じます、ハリントン前公爵夫人。大変光栄でございますわ。こちらは我が娘、パドマにございます」
「ごきげんよう、ハリントン前公爵夫人。お招きに感謝申し上げますわ」
「ようこそおいでくださいました、エヴェリー伯爵夫人、パドマ嬢。今日は楽しんでいってくださいませね」

(──────っ!!)

 ガチャッ。
 手元のティーカップが無作法な音を立てた。
 一瞬にして全身に鳥肌が立ち、汗が滲む。

「ミシェルさん、大丈夫?」
「……す、すみません……っ」
「ん。気を付けて」

 アマンダさんの優しい声も、そばにいる使用人たちの気遣わしげな視線も、私の中を素通りした。心臓が氷の手で鷲掴みにされたような感覚。意思とは裏腹に、私の首はギギギ……と、機械仕掛けの人形のように後ろを振り返っていた。

 微笑みを浮かべるハリントン前公爵夫人の前に立っているのは、他ならぬあのエヴェリー伯爵夫人と、娘のパドマだった。
 その姿を目にした途端、グラリとめまいがし、心臓が暴れはじめる。

(まさか……、どうして……どうしてあの二人が、ここへ……!?)

 全身がガタガタと震えだす。亡霊でも見ているような気持ちだった。
 私がここにいることが、彼女たちにバレてはいけない。逃げなきゃ。何を言われるか分かったものじゃない。
 そう思うのに、足が床に張り付いたように一歩も動かない。二人は前公爵夫人との挨拶が終わると、ゆっくりと踵を返した。
 そして自分たちの席へと向かう途中、二人揃ってしっかりと私の顔を睨みつけたのだった。

 その表情に、驚きは感じられなかった。

 まるで、初めから私がここにいることを知っていたかのように。



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