姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
57. 総攻撃
「……そんな方が、このハリントン公爵邸に勤めているだなんて……」
その場にいたご婦人の一人が、ボソリと呟く。それを皮切りに、何人かが口を開いた。
「一体何の目的で、このような高貴な方のお屋敷に……?」
「公爵閣下に近付くためなのでは……?」
「やだ……恐ろしい子だわ」
まるで罪人を見るような、あるいは路上の汚物を見るような、皆の目つき。けれど、誰に何と思われようとも、私は旦那様にだけは誤解されたくはなかった。
大勢の見知らぬ人々から敵意を向けられる中、私は勇気を振り絞り震える声で言った。
「わ、私は……エヴェリー伯爵邸の中のものを盗んだり、パドマさんを虐めたことなど……ただの一度も、ありません……っ! それに、……ス、スティーブ様のことは……あれは」
「この期に及んで虚言はもうお止しなさい! ミシェル!」
するとエヴェリー伯爵夫人が声を荒げ、私の言葉を遮った。鋭い目つきで私を見据えると、忌々しげに続ける。
「お前はいつも嘘ばかり。なのに私たちの方が嘘をついているとでも言うつもり? え? ではなぜお前は、畏れ多くもハリントン公爵閣下に自分の素性を偽っているの? 他領の孤児などと騙り、慈悲深い公爵閣下に情けをかけていただき、上手いことこのお屋敷に入り込んだそうじゃないの。そうでございますわよね? ディーナ様」
同意を求められたブレイシー侯爵令嬢は、ニッと唇の端を吊り上げ静かに口を開いた。
「まさしくその通りですわ。何もやましいことがないのならば、ロイド様を騙す必要なんかないはずよ。聞いてくださいます? 皆様。そのミシェル・フランドル嬢とやらは、たった一人でわざわざこの公爵領の西の森の中を彷徨っていたそうなんですのよ。そして、なんとたまたまロイド様がそこを馬で通りかかるタイミングで、それと気付かず目の前に飛び出しロイド様を落馬させ、お怪我をさせてしまったそうですの」
まぁ、まさか……! そこまでして……? あちこちからそんな声が上がる。
「そしてなぜだか丁度そのタイミングで倒れてしまったらしい彼女は見事このお屋敷に運び込まれ、健気にも自らここでメイドとして働かせてほしいと申し出たそうよ。ご恩返しのためですって。不思議な偶然も重なるものですわねぇ」
サロンのざわめきが大きくなる。皆が眉をひそめ、扇で口元を隠し、近くの人と何やらヒソヒソ話しはじめる。汚いものを見るような目つきに晒され、心が張り裂けそうだった。それでも私は、必死で反論しようとした。
たとえこの後すぐにここを追い出されようとも、役人に突き出されようとも。
皆に軽蔑され、嫌われようとも。
旦那様にだけは、真実を知ってほしかったから。
全てが嘘だったわけではないと、分かってほしかったから。
私は旦那様を見つめ、言葉を紡いだ。
「旦那様……、私はたしかに、貴族出身の両親の元で育ったことを、旦那様に黙っておりました。身元を正直に話してしまえば、エヴェリー伯爵家に送り返されてしまうのではないかと、怖くて……。じ、自分がエヴェリー伯爵家にいたことを話さないためには、素性を偽る手立てしか思いつきませんでした。ですがそれは……っ、」
「まぁ……っ! なんて子かしら! エヴェリー伯爵家に送り返されたくなかった、ですって!? まるで私たちがひどい待遇をしていたかのような言い方をするじゃないのミシェル」
「そうよ! あんまりだわ! お父様もお母様も、素行の悪いあんたをあんなに可愛がってやっていたじゃないの! それなのに、この期に及んでそんな被害者面をしてまでハリントン公爵様の同情を引こうってわけ? 相変わらず小賢しいわねミシェル!」
私の言葉を遮って、エヴェリー伯爵夫人とパドマが私を糾弾する。胸が痛み言葉が詰まるけれど、私は再び口を開いた。
「……私が自分を平民だと偽ったのは、旦那様に取り入るためなどではございません。お怪我をさせたもの、決してわざとではありません……! 旦那様、わ、私は……助けてくださった旦那様に、ただ報いたいと思ったのです。ここに置いておいていただけるなら、せめて私にできる限りのことをして、旦那様のお役に立ちたいと……」
「お耳をお貸しにならないで、ロイド様。私には分かりますわ。ああいう類の娘は、殿方を籠絡する術に長けているのです。ああして涙を流すのもまた、常套手段ですわよ。無視してくださいませ」
ブレイシー侯爵令嬢が私を見据えたまま、毅然とした声でそう言い放った。胸が苦しい。体がガクガクと震える。
自分が惨めでならなかった。
その時だった。
旦那様が音もなく立ち上がり、私の方へと歩いてきた。
その場にいたご婦人の一人が、ボソリと呟く。それを皮切りに、何人かが口を開いた。
「一体何の目的で、このような高貴な方のお屋敷に……?」
「公爵閣下に近付くためなのでは……?」
「やだ……恐ろしい子だわ」
まるで罪人を見るような、あるいは路上の汚物を見るような、皆の目つき。けれど、誰に何と思われようとも、私は旦那様にだけは誤解されたくはなかった。
大勢の見知らぬ人々から敵意を向けられる中、私は勇気を振り絞り震える声で言った。
「わ、私は……エヴェリー伯爵邸の中のものを盗んだり、パドマさんを虐めたことなど……ただの一度も、ありません……っ! それに、……ス、スティーブ様のことは……あれは」
「この期に及んで虚言はもうお止しなさい! ミシェル!」
するとエヴェリー伯爵夫人が声を荒げ、私の言葉を遮った。鋭い目つきで私を見据えると、忌々しげに続ける。
「お前はいつも嘘ばかり。なのに私たちの方が嘘をついているとでも言うつもり? え? ではなぜお前は、畏れ多くもハリントン公爵閣下に自分の素性を偽っているの? 他領の孤児などと騙り、慈悲深い公爵閣下に情けをかけていただき、上手いことこのお屋敷に入り込んだそうじゃないの。そうでございますわよね? ディーナ様」
同意を求められたブレイシー侯爵令嬢は、ニッと唇の端を吊り上げ静かに口を開いた。
「まさしくその通りですわ。何もやましいことがないのならば、ロイド様を騙す必要なんかないはずよ。聞いてくださいます? 皆様。そのミシェル・フランドル嬢とやらは、たった一人でわざわざこの公爵領の西の森の中を彷徨っていたそうなんですのよ。そして、なんとたまたまロイド様がそこを馬で通りかかるタイミングで、それと気付かず目の前に飛び出しロイド様を落馬させ、お怪我をさせてしまったそうですの」
まぁ、まさか……! そこまでして……? あちこちからそんな声が上がる。
「そしてなぜだか丁度そのタイミングで倒れてしまったらしい彼女は見事このお屋敷に運び込まれ、健気にも自らここでメイドとして働かせてほしいと申し出たそうよ。ご恩返しのためですって。不思議な偶然も重なるものですわねぇ」
サロンのざわめきが大きくなる。皆が眉をひそめ、扇で口元を隠し、近くの人と何やらヒソヒソ話しはじめる。汚いものを見るような目つきに晒され、心が張り裂けそうだった。それでも私は、必死で反論しようとした。
たとえこの後すぐにここを追い出されようとも、役人に突き出されようとも。
皆に軽蔑され、嫌われようとも。
旦那様にだけは、真実を知ってほしかったから。
全てが嘘だったわけではないと、分かってほしかったから。
私は旦那様を見つめ、言葉を紡いだ。
「旦那様……、私はたしかに、貴族出身の両親の元で育ったことを、旦那様に黙っておりました。身元を正直に話してしまえば、エヴェリー伯爵家に送り返されてしまうのではないかと、怖くて……。じ、自分がエヴェリー伯爵家にいたことを話さないためには、素性を偽る手立てしか思いつきませんでした。ですがそれは……っ、」
「まぁ……っ! なんて子かしら! エヴェリー伯爵家に送り返されたくなかった、ですって!? まるで私たちがひどい待遇をしていたかのような言い方をするじゃないのミシェル」
「そうよ! あんまりだわ! お父様もお母様も、素行の悪いあんたをあんなに可愛がってやっていたじゃないの! それなのに、この期に及んでそんな被害者面をしてまでハリントン公爵様の同情を引こうってわけ? 相変わらず小賢しいわねミシェル!」
私の言葉を遮って、エヴェリー伯爵夫人とパドマが私を糾弾する。胸が痛み言葉が詰まるけれど、私は再び口を開いた。
「……私が自分を平民だと偽ったのは、旦那様に取り入るためなどではございません。お怪我をさせたもの、決してわざとではありません……! 旦那様、わ、私は……助けてくださった旦那様に、ただ報いたいと思ったのです。ここに置いておいていただけるなら、せめて私にできる限りのことをして、旦那様のお役に立ちたいと……」
「お耳をお貸しにならないで、ロイド様。私には分かりますわ。ああいう類の娘は、殿方を籠絡する術に長けているのです。ああして涙を流すのもまた、常套手段ですわよ。無視してくださいませ」
ブレイシー侯爵令嬢が私を見据えたまま、毅然とした声でそう言い放った。胸が苦しい。体がガクガクと震える。
自分が惨めでならなかった。
その時だった。
旦那様が音もなく立ち上がり、私の方へと歩いてきた。