姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
58. 旦那様の追及
真っ直ぐに私を見つめ、ゆっくりと近付いてくる旦那様。その青い瞳は凪いでいて、私を優しく包みこんでくれるようだった。
そして。
(──────……っ!)
私の目の前まで来た旦那様は、ごく自然な仕草で、私をふわりと抱き寄せた。
旦那様の胸にすっぽりと収まった私の頭のてっぺんに、何やら温かいものが触れた。すぐそばにいたアマンダさんが息を呑む気配がした。
「何をなさっておいでなのです!? ロイド様! その者に構わず、こちらへお戻りくださいませ。まだお話の途中ですわ」
やけに切羽詰まったブレイシー侯爵令嬢の声が向こうから聞こえるけれど、私の視界は旦那様によって塞がれ、何も見えない。
旦那様は私の体をそっと離すと、私の両肩に優しく手を添え、私の顔を覗き込むように身を屈める。
「……彼女たちの話には、嘘偽りも多分に含まれているのだな?」
「は、はい……」
「お耳をお貸しにならないでと申し上げておりますわ!」
旦那様の問いかけに答える私の声に、ブレイシー侯爵令嬢のヒステリックな声が重なる。
「一つ、教えてくれ。私と君があの森で出会ったのは、君がエヴェリー伯爵家を出てから何日目のことだ」
「……そ、その日でございます、旦那様。エヴェリー伯爵邸を身一つで追い出され、私はそのまま、あの森に……。そして、旦那様と出会いました」
私が素直にそう答えると、旦那様は小さく頷いた。そして私の肩を守るように抱き寄せ、長テーブルの方を振り返る。
「……一体何のおつもりですの。そのようにメイドをお抱きになって。皆様見ていらっしゃいますわよ。あらぬ誤解を招きかねませんわ。お止しになってくださいませ」
ブレイシー侯爵令嬢は、いつの間にか立ち上がっている。そして唇の端を引きつらせ青筋を立てながら、旦那様を咎めた。
しかし旦那様はより一層強く私を抱き寄せると、堂々と言い放った。
「なぜ赤の他人の君にそのような指図を受けねばならない。君こそ少しは口を慎んだらどうだ。先ほどから根拠のない憶測や嫌味ばかりで、実に聞き苦しい」
「な……っ!!」
ズバリとそう言い切った旦那様の言葉に、ブレイシー侯爵令嬢が目を見開き、グッと眉を吊り上げた。けれど旦那様は意に介する様子もなく、私を抱き寄せたまま末席に向かって声をかける。
「エヴェリー伯爵夫人。あなたに聞きたいことがある」
「っ!! は……、何なりと、ハリントン公爵閣下」
突然旦那様から名指しで声をかけられたエヴェリー伯爵夫人は一瞬ビクッと飛び上がり、すぐさま取り繕うように静かにそう答えた。隣に座っているパドマも、食い入るように旦那様の顔を見つめている。
「あなた方はこのミシェルを丁重に養育していたかのように先ほど言っていたが、そちらの屋敷を出たその日に私と森で出会ったミシェルは、とても貴族令嬢とは思えない格好をしていた。着古して汚れた使用人のワンピースを着、この美しい髪はまるで別人のように真っ黒だったのだ。まるで、何らかの理由でわざと髪色を隠しているかのように」
「…………っ、」
エヴェリー伯爵夫人とパドマの顔が強張る。それと同時に、周囲の女性たちからまた少しざわめきが漏れた。
「私も共にいた付き人も、彼女を物乞いだと勘違いするほどのなりだった。その上、意識を失ってしまった彼女をこの屋敷に連れ帰りすぐさま医者に見せたところ、重度の栄養失調状態にあるとの診断が下りた。その時医者は言っていた。おそらくミシェルは長期間に渡って、充分な食事をとっていなかったのだろうと。……これは一体、どういうことだ」
「……っ、……は……、そ、それは……」
エヴェリー伯爵夫人の目が露骨に泳ぎはじめる。もう誰も私を見ていない。サロン中の視線は今、エヴェリー伯爵夫人の元へと集まっていた。
パドマがゴクリをつばを飲み込むのが見えた。伯爵夫人はせわしなく目線を動かし、小さく咳払いをしたりしながら、唇を薄く開けたり閉じたりしている。
「……わ……分かりませんわ。私共としましては、何不自由ないよう生活させておりましたつもり、ですが……」
「そうか。では結構。あとの話は全てミシェルから聞くこととする」
「ロイド様!!」
私を連れて扉に向かって歩き出した旦那様に、ブレイシー侯爵令嬢の甲高い叫び声が投げつけられる。彼がそれを無視しサロンを後にしようとした時、ハリントン前公爵夫人が小さく声をかけた。
「ロイド……」
「茶会は終わりです、母上。皆様への挨拶はお任せしますよ」
旦那様は振り返ってそう言うと、私の肩を抱いたまま扉の外へと出たのだった。
そして。
(──────……っ!)
私の目の前まで来た旦那様は、ごく自然な仕草で、私をふわりと抱き寄せた。
旦那様の胸にすっぽりと収まった私の頭のてっぺんに、何やら温かいものが触れた。すぐそばにいたアマンダさんが息を呑む気配がした。
「何をなさっておいでなのです!? ロイド様! その者に構わず、こちらへお戻りくださいませ。まだお話の途中ですわ」
やけに切羽詰まったブレイシー侯爵令嬢の声が向こうから聞こえるけれど、私の視界は旦那様によって塞がれ、何も見えない。
旦那様は私の体をそっと離すと、私の両肩に優しく手を添え、私の顔を覗き込むように身を屈める。
「……彼女たちの話には、嘘偽りも多分に含まれているのだな?」
「は、はい……」
「お耳をお貸しにならないでと申し上げておりますわ!」
旦那様の問いかけに答える私の声に、ブレイシー侯爵令嬢のヒステリックな声が重なる。
「一つ、教えてくれ。私と君があの森で出会ったのは、君がエヴェリー伯爵家を出てから何日目のことだ」
「……そ、その日でございます、旦那様。エヴェリー伯爵邸を身一つで追い出され、私はそのまま、あの森に……。そして、旦那様と出会いました」
私が素直にそう答えると、旦那様は小さく頷いた。そして私の肩を守るように抱き寄せ、長テーブルの方を振り返る。
「……一体何のおつもりですの。そのようにメイドをお抱きになって。皆様見ていらっしゃいますわよ。あらぬ誤解を招きかねませんわ。お止しになってくださいませ」
ブレイシー侯爵令嬢は、いつの間にか立ち上がっている。そして唇の端を引きつらせ青筋を立てながら、旦那様を咎めた。
しかし旦那様はより一層強く私を抱き寄せると、堂々と言い放った。
「なぜ赤の他人の君にそのような指図を受けねばならない。君こそ少しは口を慎んだらどうだ。先ほどから根拠のない憶測や嫌味ばかりで、実に聞き苦しい」
「な……っ!!」
ズバリとそう言い切った旦那様の言葉に、ブレイシー侯爵令嬢が目を見開き、グッと眉を吊り上げた。けれど旦那様は意に介する様子もなく、私を抱き寄せたまま末席に向かって声をかける。
「エヴェリー伯爵夫人。あなたに聞きたいことがある」
「っ!! は……、何なりと、ハリントン公爵閣下」
突然旦那様から名指しで声をかけられたエヴェリー伯爵夫人は一瞬ビクッと飛び上がり、すぐさま取り繕うように静かにそう答えた。隣に座っているパドマも、食い入るように旦那様の顔を見つめている。
「あなた方はこのミシェルを丁重に養育していたかのように先ほど言っていたが、そちらの屋敷を出たその日に私と森で出会ったミシェルは、とても貴族令嬢とは思えない格好をしていた。着古して汚れた使用人のワンピースを着、この美しい髪はまるで別人のように真っ黒だったのだ。まるで、何らかの理由でわざと髪色を隠しているかのように」
「…………っ、」
エヴェリー伯爵夫人とパドマの顔が強張る。それと同時に、周囲の女性たちからまた少しざわめきが漏れた。
「私も共にいた付き人も、彼女を物乞いだと勘違いするほどのなりだった。その上、意識を失ってしまった彼女をこの屋敷に連れ帰りすぐさま医者に見せたところ、重度の栄養失調状態にあるとの診断が下りた。その時医者は言っていた。おそらくミシェルは長期間に渡って、充分な食事をとっていなかったのだろうと。……これは一体、どういうことだ」
「……っ、……は……、そ、それは……」
エヴェリー伯爵夫人の目が露骨に泳ぎはじめる。もう誰も私を見ていない。サロン中の視線は今、エヴェリー伯爵夫人の元へと集まっていた。
パドマがゴクリをつばを飲み込むのが見えた。伯爵夫人はせわしなく目線を動かし、小さく咳払いをしたりしながら、唇を薄く開けたり閉じたりしている。
「……わ……分かりませんわ。私共としましては、何不自由ないよう生活させておりましたつもり、ですが……」
「そうか。では結構。あとの話は全てミシェルから聞くこととする」
「ロイド様!!」
私を連れて扉に向かって歩き出した旦那様に、ブレイシー侯爵令嬢の甲高い叫び声が投げつけられる。彼がそれを無視しサロンを後にしようとした時、ハリントン前公爵夫人が小さく声をかけた。
「ロイド……」
「茶会は終わりです、母上。皆様への挨拶はお任せしますよ」
旦那様は振り返ってそう言うと、私の肩を抱いたまま扉の外へと出たのだった。