姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
6. エヴェリー伯爵家からの追放
(え……?)
襲いかかる痛みが止まり、私はおずおずと顔を上げた。気が付くとスティーブ様はいつの間にかパドマや伯爵夫人のそばに立っており、二人と同じように憎悪を浮かべた表情を作り、こちらを見ている。まるで自分は被害者なのだと言わんばかりに。
私の前に立つエヴェリー伯爵は憎々しげな顔で私を見下ろし、睨みつけていた。
「……今すぐ出ていけ。もうこの屋敷にお前の居場所はない」
「っ!! は、伯爵様……!」
「ええ。そうしてもらいましょう。素行が悪くて私たちに迷惑ばかりかける上に、大切な娘の婚約者に色仕掛けまでする小娘よ。これ以上ここに置いてやっていれば、一体何をしでかすか分かったものではないわ」
「それがいいわ! 自業自得よ! もう顔も見たくない。さっさと追い出してちょうだい!」
伯爵の言葉に口々に賛同する夫人とパドマ。その隣でスティーブ様は全くその通りだとでも言わんばかりに何度も首を縦に振っている。
「立て、ミシェル」
「っ!!」
エヴェリー伯爵は容赦のない力で私の二の腕をグッと掴むと、無理矢理私を引き上げ、立たせようとした。そしてそのまま引きずるようにして、私を部屋から連れ出す。
「ま……待ってください伯爵様! 違います! 本当に誤解なんです……! わ、私は、スティーブ様を誘ったりしていません……っ! 信じてください……!」
パドマたち三人の横をすり抜け部屋の外に連れ出されながら、私はボロボロと涙をこぼし必死で弁明する。後ろからスティーブ様のわざとらしい大きな声が聞こえた。
「うわぁ、まだ言ってるよ。信じられない! あれだけしつこくこの僕に言い寄って、部屋に引きずりこんだくせにさぁ。すっかり騙されたよ、ミシェル。君は大人しくて真面目ないい子だと思っていたから、僕は君を信じたのに! 変なことをするはずがない。部屋に呼ぶのは、何か事情があるんだって。我ながら情けないよ」
「そうよスティーブ様! 私は前からあなたに言っていたでしょう? あの子はろくな子じゃないって。身分を弁えず男爵家の三男なんかと恋仲になって屋敷を飛び出した女の娘なのよ!? ね? やっぱりあいつもあばずれだったでしょう?」
「ああ。君の言う通りだよパドマ。血は争えないね。いい教訓になったよ」
二人の勝手な会話に反論する余裕なんかなかった。伯爵は怒りに任せて私をズルズルと引きずっていく。あっという間に私は玄関の扉のところまで連れてこられてしまった。
このまま本当に追い出されてしまったら、私には生きていく術などない。私は跪いた姿勢のままエヴェリー伯爵を見上げ、懇願した。
「……お、お許しくださいませ。罰ならば受けます。これからもずっと真面目に働きますから、どうか……きゃあっ!」
しかし私の言葉を遮った伯爵は、私の頬を強くぶった。
「黙れ。こうなってむしろ都合がよかった。お前をうちから堂々と追い出せる大義名分が整ったのだから。……お前は素行が悪く、引き取った我がエヴェリー伯爵一家は長年悩まされてきた。その上ついにお前は、我々の大事な一人娘パドマの婚約者に色仕掛けまでして自分のものにしようとし、このエヴェリー伯爵家に重大な被害を与えようとしたのだ。お前に分かるか? もしもお前の淫らな願いを成就させていたとして、スティーブ殿がお怒りになり、この婚約が破談になってしまっていたとしたら。それが我がエヴェリー伯爵家にとって、どれほどの損害になっていたか、お前に想像がつくか。……ようやくお前を追放する、立派な理由ができた。どこへなりとも行ってしまえ」
「は、伯爵様……!!」
「扉を開けろ!」
エヴェリー伯爵はその場にいた使用人の一人に乱暴に命じた。使用人は慌てた様子で玄関の扉を開ける。すると伯爵はすぐさま私を表へと引っ張り出してしまった。
「きゃあ……っ!」
私はそのまま石畳の上に体を投げ捨てられた。咄嗟に手をついたけれど、腕や顎を強かに打ちつけた。ヨロヨロと体を起こして振り返ると、玄関ポーチのところで伯爵夫妻とパドマ、スティーブ様が、並んで私を見下ろしている。パドマが勝ち誇ったように笑った。
「きゃははは! いい気味だこと。そのまま物乞いにでもなったら? あんたにはお似合いよ」
「二度と顔を見せないでちょうだいね。お前がこのままどこへ行こうと知ったことではないけれど、どこかで命が尽きるその時まで、決して我が家の名は出さないで。もうお荷物を抱えるのは二度とごめんだわ。帰ってくるんじゃないわよ」
高笑いをするパドマのそばで、伯爵夫人は冷たい目をして私を見据えながらそう言った。スティーブ様は少し気まずそうな顔をして私から目を逸らし、三人はそのまま屋敷の中へと戻っていってしまった。
一人残ったエヴェリー伯爵が、門のところにいた衛兵に声をかける。
「おい! この小娘を早く敷地内から追い出せ。万が一この辺りをうろついているようだったら、手荒な真似をしても構わん。すぐに追い払えよ」
「は……伯爵様!! どうかお許しを……!!」
私の最後の懇願は、彼の耳になど入らぬようだった。
伯爵が屋敷の中に消えるやいなや、二人の衛兵が私の両腕を掴み、エヴェリー伯爵家の門の外へとつまみ出したのだった。
襲いかかる痛みが止まり、私はおずおずと顔を上げた。気が付くとスティーブ様はいつの間にかパドマや伯爵夫人のそばに立っており、二人と同じように憎悪を浮かべた表情を作り、こちらを見ている。まるで自分は被害者なのだと言わんばかりに。
私の前に立つエヴェリー伯爵は憎々しげな顔で私を見下ろし、睨みつけていた。
「……今すぐ出ていけ。もうこの屋敷にお前の居場所はない」
「っ!! は、伯爵様……!」
「ええ。そうしてもらいましょう。素行が悪くて私たちに迷惑ばかりかける上に、大切な娘の婚約者に色仕掛けまでする小娘よ。これ以上ここに置いてやっていれば、一体何をしでかすか分かったものではないわ」
「それがいいわ! 自業自得よ! もう顔も見たくない。さっさと追い出してちょうだい!」
伯爵の言葉に口々に賛同する夫人とパドマ。その隣でスティーブ様は全くその通りだとでも言わんばかりに何度も首を縦に振っている。
「立て、ミシェル」
「っ!!」
エヴェリー伯爵は容赦のない力で私の二の腕をグッと掴むと、無理矢理私を引き上げ、立たせようとした。そしてそのまま引きずるようにして、私を部屋から連れ出す。
「ま……待ってください伯爵様! 違います! 本当に誤解なんです……! わ、私は、スティーブ様を誘ったりしていません……っ! 信じてください……!」
パドマたち三人の横をすり抜け部屋の外に連れ出されながら、私はボロボロと涙をこぼし必死で弁明する。後ろからスティーブ様のわざとらしい大きな声が聞こえた。
「うわぁ、まだ言ってるよ。信じられない! あれだけしつこくこの僕に言い寄って、部屋に引きずりこんだくせにさぁ。すっかり騙されたよ、ミシェル。君は大人しくて真面目ないい子だと思っていたから、僕は君を信じたのに! 変なことをするはずがない。部屋に呼ぶのは、何か事情があるんだって。我ながら情けないよ」
「そうよスティーブ様! 私は前からあなたに言っていたでしょう? あの子はろくな子じゃないって。身分を弁えず男爵家の三男なんかと恋仲になって屋敷を飛び出した女の娘なのよ!? ね? やっぱりあいつもあばずれだったでしょう?」
「ああ。君の言う通りだよパドマ。血は争えないね。いい教訓になったよ」
二人の勝手な会話に反論する余裕なんかなかった。伯爵は怒りに任せて私をズルズルと引きずっていく。あっという間に私は玄関の扉のところまで連れてこられてしまった。
このまま本当に追い出されてしまったら、私には生きていく術などない。私は跪いた姿勢のままエヴェリー伯爵を見上げ、懇願した。
「……お、お許しくださいませ。罰ならば受けます。これからもずっと真面目に働きますから、どうか……きゃあっ!」
しかし私の言葉を遮った伯爵は、私の頬を強くぶった。
「黙れ。こうなってむしろ都合がよかった。お前をうちから堂々と追い出せる大義名分が整ったのだから。……お前は素行が悪く、引き取った我がエヴェリー伯爵一家は長年悩まされてきた。その上ついにお前は、我々の大事な一人娘パドマの婚約者に色仕掛けまでして自分のものにしようとし、このエヴェリー伯爵家に重大な被害を与えようとしたのだ。お前に分かるか? もしもお前の淫らな願いを成就させていたとして、スティーブ殿がお怒りになり、この婚約が破談になってしまっていたとしたら。それが我がエヴェリー伯爵家にとって、どれほどの損害になっていたか、お前に想像がつくか。……ようやくお前を追放する、立派な理由ができた。どこへなりとも行ってしまえ」
「は、伯爵様……!!」
「扉を開けろ!」
エヴェリー伯爵はその場にいた使用人の一人に乱暴に命じた。使用人は慌てた様子で玄関の扉を開ける。すると伯爵はすぐさま私を表へと引っ張り出してしまった。
「きゃあ……っ!」
私はそのまま石畳の上に体を投げ捨てられた。咄嗟に手をついたけれど、腕や顎を強かに打ちつけた。ヨロヨロと体を起こして振り返ると、玄関ポーチのところで伯爵夫妻とパドマ、スティーブ様が、並んで私を見下ろしている。パドマが勝ち誇ったように笑った。
「きゃははは! いい気味だこと。そのまま物乞いにでもなったら? あんたにはお似合いよ」
「二度と顔を見せないでちょうだいね。お前がこのままどこへ行こうと知ったことではないけれど、どこかで命が尽きるその時まで、決して我が家の名は出さないで。もうお荷物を抱えるのは二度とごめんだわ。帰ってくるんじゃないわよ」
高笑いをするパドマのそばで、伯爵夫人は冷たい目をして私を見据えながらそう言った。スティーブ様は少し気まずそうな顔をして私から目を逸らし、三人はそのまま屋敷の中へと戻っていってしまった。
一人残ったエヴェリー伯爵が、門のところにいた衛兵に声をかける。
「おい! この小娘を早く敷地内から追い出せ。万が一この辺りをうろついているようだったら、手荒な真似をしても構わん。すぐに追い払えよ」
「は……伯爵様!! どうかお許しを……!!」
私の最後の懇願は、彼の耳になど入らぬようだった。
伯爵が屋敷の中に消えるやいなや、二人の衛兵が私の両腕を掴み、エヴェリー伯爵家の門の外へとつまみ出したのだった。