姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

64. 報復の決意(※sideロイド)

 私がそう告げると、今度こそ二人の顔面は真っ白になった。伯爵など目が血走り、唇が小刻みに震えている。見逃すはずもないその露骨な動揺に、胸の奥がぞわりと蠢いた。

「どうした。私はただ彼女が滞在していた部屋を見せて欲しいと申し上げただけだが」
「っ! いえ、その……、コリーン、ミシェルの私物など、あっただろうか……?」
「ど、どうでしたかしら……? いえ、おそらくは何もなかったはずですわ。ええ」
「……そんなはずがない。彼女から聞いている。実のご両親の形見の品があるのだと。こちらで探すから、案内していただきたい」

 目配せし合いながら誤魔化そうとする夫妻を見逃してやるつもりなど毛頭なかった。私は立ち上がり、二人を急かす。

「か、閣下! 妻が探してまいりますので、どうぞこちらでお待ちくださいませ」
「ええ! 何分掃除が行き届いておらず、お恥ずかしゅうございますので……」
「掃除など構わない。壊れものもあるとの話だから、私がこの手で受け取りたいのだ。私は忙しい。これ以上時間の無駄になるやり取りは省きたいのだが。すぐに案内してくれ」

 壊れものの話は嘘だが、とにかくこの夫妻が取り繕う前にありのままを確認したかった。この様子では、おそらくミシェルの部屋に特別手を加えてはいなさそうだ。しかもどうやらよほど他人に見られたくないような部屋を与えていたらしい。
 まだソファーの辺りでおろおろと狼狽えている夫妻を尻目に、私は一人でさっさと応接間の扉へと向かった。カーティスが黙って後ろをついてくる。

「目的の品をこの手にするまでは帰らないつもりだ。そして今も言ったが、私は忙しい」

 夫妻を振り返り睨みつけると、二人はようやくのろのろと立ち上がった。



 地下にあるその一室を見せられた時、私はしばし呆然と佇むしかなかった。

「……嘘だろ……? ミシェルは十年間も、こんな部屋に住まわされてたってのかよ……」

 言葉も出ない私の代わりに、カーティスがそう呟いた。
 年季の入ったこの屋敷の中で、これまで一切手入れされてこなかったのだろう。狭苦しくカビ臭いその部屋は、まるで朽ち果てた廃墟のようだった。百年は前の代物なのではないかと思えるほどに古いベッドと、申し訳程度に置かれた小さな机。木製のそれらはところどころ真っ黒に腐り、部屋には小窓さえなかった。床板は一部剥がれ、ベッドの上の乱れたシーツは煤け、何ヶ所も破れていてボロボロだった。
 怒りで震える拳を、私は血が滲むほど強く握った。

「ご、誤解でございますわ、閣下……。決して、その、最初からここの部屋を与えていたわけではございませんのよ」
「そう。こちらは、その……一時的なものでございまして。ミシェルがひどい悪さをして、罰を与える時などに致し方なく……」
「あんたら、もう止めろよ。下手な言い訳したところで、ミシェルに確認すればすぐにバレるんだぞ」
「……っ、」

 私の背中に向かって震える声で言い訳を始めた夫妻を、カーティスが低い声で制した。

(……ここにミシェルがいたというのか。六歳で父を、八歳で母を失い、不安な思いを抱えてたった一人訪れたこの屋敷で……こんな場所に放り込まれたのか……)

 あの美しい髪を無惨に切り落とされ、真っ黒に汚く染められ。
 まともな食事さえも与えられず、いわれのない暴力をふるわれ、朝から晩まで働かされながら、夜はここで、こんな場所で、たった一人で眠っていたと……
 いつも私に見せてくれる、ミシェルの溌溂とした明るい表情が、優しい笑顔が、脳裏をよぎる。
 その直後、幼いミシェルが一人嗚咽を堪えながら涙を零し、この粗末なベッドに横たわっている姿が目に浮かんだ。
 ベッドの枕元は真っ黒に汚れていた。
 胸が張り裂けそうだ。

 カーティスと二人で探すつもりでいたが、その必要はなかった。私はゆっくりと部屋の中を進み、この部屋にたった一つしかない机の引き出しをそっと開けた。
 ミシェルにあらかじめ聞いていた「形見の品の入った水色の箱」が、そこにはあった。だがそれは、私が想像していたよりもずっと古く、小さなものだった。

「……帰るぞ、カーティス」
「承知しました」

 赤子を抱くようにその箱をそっと取り出すと、私はカーティスにそう告げた。
 部屋を出たところに突っ立っている真っ白な顔のエヴェリー伯爵夫妻を最後にしっかりと見据え、私は言った。

「私は貴様らを決して許さない。これから先、せいぜい後悔しながら生きるといい」
「……っ! か……閣下……!」

 顔をぐしゃりと歪め、エヴェリー伯爵が私に追いすがる。どうぞお許しをだの、ミシェルに詫びさせてくださいだの、後ろでしつこく言っているが、当然こちらにはもう聞く耳などない。
 私たちがホールまで歩いてきたところで、玄関の扉が開いた。外から入ってきたのはエヴェリー伯爵令嬢のパドマと、一人の若い男だった。

「っ! ハ……ハリントン公爵様……っ!」

 ムスッとした表情で現れたパドマは、私の顔を見た瞬間、大きく目を見開き甲高い声を上げた。そしてせわしない動きでカーテシーをする。

「ごっ、ごきげんよう……! お会いできて光栄でございますわ! せ、先日は楽しいひとときをありがとうございました」
「ハ、ハリントン公爵閣下……! 私はヘイゼル伯爵家の子息、スティーブでございます。ご機嫌麗しゅう、閣下」

 隣の男も慌てた様子で私に挨拶を披露する。……スティーブ・ヘイゼル……そうか、この男が……。

 ミシェルをあの部屋で押し倒し、それをエヴェリー伯爵一家に見られ、全ての責任をミシェルに押し付けこの屋敷から追い出させた張本人。
 ミシェルを傷つけ、痛めつけた男────

 衝動のままにこの醜い男の顔面を殴りつけてやれたらどんなにいいだろう。この胸に渦巻く怒りをわずかでも発散させられたなら、少しは気が晴れるのだろうか。
 だが、当然そんな程度のことで済ませてやるつもりなどない。
 私はヘイゼル伯爵家の息子の前に立った。スティーブ・ヘイゼルはビクッと肩を震わせ、おずおずと私を見上げる。私は静かに告げた。

「お前のことも、生涯許しはしない。汚い手段で私のミシェルに触れ、手籠めにしようとした姑息な男め。罰は与えるぞ。必ずな」
「……へ……。へ……っ!? えっ!? ミ……ミシェル……? 私の、ミシェルって……!?」

 間の抜けた奇声を上げている無様な男を、それ以上相手にするつもりはなかった。

「閣下!! お待ちくださいませ!」
「どうぞ今一度お話しをさせてくださいませ……!」

 まだ何やら叫んでいる後ろの連中を無視し、私たちは馬車に乗り込むと、そのままエヴェリー伯爵邸を後にしたのだった。
 





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