姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
7. 途方に暮れる
門の外に出された私は、未練がましく屋敷の方を振り返った。衛兵たちが鋭い視線で私を睨みつけている。
どうしようもなく、とにかく私はその場を離れようと歩き出した。そして次の瞬間、屋敷の地下室の自分の部屋に置いてある、わずかな両親の形見の品さえも持ってこられなかったことに気付いた。
「……っ、」
悔しくて悲しくて、たまらず涙があふれる。せめて父と母の形見の品物だけでも持っていかせてほしい。けれど、伯爵はどんな理由であれ、私が屋敷に近付くことをもう決して許さないのだろう。
私はあてもなく歩きはじめた。
(これから、どうしよう……。どうすれば生き延びられる……? こんな私を受け入れてくれそうなところといえば……)
ザクザクと適当に切られた、不揃いで汚い黒髪。煤けた顔とボロボロのワンピース。ボロボロの靴。……どこからどう見ても、私はただの物乞いだ。事情を真摯に説明すれば、住み込みで働かせてくれるようなところがあるのだろうか。いや、いっそ修道院や、身寄りのない人を保護する施設なんかを探してみる……?
(……でもまずは、どこへ向かうのかを決めなくちゃ)
頭の中に周辺の地図を思い浮かべる。このエヴェリー伯爵領は、ハスティーナ王国の西側に位置している。ここから北東側にあるハリントン公爵領を越えれば、その東側が王都になる。
「……」
頼れる人は誰もいない。父や母と暮らしていた南の小さな町まで行ってみたい気もしたけれど、無一文の私がたどり着くことはきっとできないだろう。
どこに行けばいいかなんて分からない。それなら……ひとまず王都を目指そうか。大きな街ならば、私にも何か生きる手段が見つかるかもしれない。
(……そこまでたどり着けるかどうかも、分からないけれど……)
正直今にも倒れてしまいそうなほど、私は疲れきっていた。昨日の朝から今に至るまで、何も食べていないのだ。ものを口にしたのは、一昨日の夜が最後。そのまま命じられる仕事を次々とこなしていたし、その上さっきの大騒ぎだ。スティーブ様に全力で抵抗し、伯爵様に引きずられ、精神的にも追い詰められ、私はもうヘトヘトだった。
だけど、とにかく前に進むしかない。辻馬車に乗るお金もないし、そもそもどこから辻馬車に乗れるのかも何も分からない。ずっと歩いていけば、もしかしたら親切な誰かにすれ違って、何か救いの手を差し伸べてもらえるかもしれないし……。
(……よし。とにかく、行こう)
不安で胸がいっぱいで、今にも足が竦んで動けなくなりそうだった。もしかしたら、このまま飢え死にするしかないのかもしれないという思いが、頭をよぎってもいた。
けれど私は自分を奮い立たせた。行くしかないのだと何度も心に鞭打って、泣きそうになるのを我慢しながら歩き出した。
◇ ◇ ◇
空腹と喉の渇きを我慢しながら、私はひたすら歩き続ける。疲れも相まって、時折気が遠くなりそうだった。今のところ、誰かにすれ違う気配はない。
そのまましばらく歩いていると、鬱蒼と木々が生い茂る森が見えてきた。私はたちまち不安を覚える。……そうだ。ここから王都の手前のハリントン公爵領に向かうまでの間に、小さな森があるんだったっけ。
(……どうしよう。ここを突っ切るのが最短距離なのは間違いない、けれど……)
森には凶暴な野獣が出ることもあるという。もし獣に襲われたら、私なんかあっという間にやられてしまうだろう。
……でも……。
(……もういいや。とにかく、行こう……)
ただでさえ栄養の足りてない体と頭に、限界を超えた空腹。冷静な判断力などとうになくしていた私はそれ以上脳みそを使う気力もなく、ヨロヨロと森の中に入っていった。
どうしようもなく、とにかく私はその場を離れようと歩き出した。そして次の瞬間、屋敷の地下室の自分の部屋に置いてある、わずかな両親の形見の品さえも持ってこられなかったことに気付いた。
「……っ、」
悔しくて悲しくて、たまらず涙があふれる。せめて父と母の形見の品物だけでも持っていかせてほしい。けれど、伯爵はどんな理由であれ、私が屋敷に近付くことをもう決して許さないのだろう。
私はあてもなく歩きはじめた。
(これから、どうしよう……。どうすれば生き延びられる……? こんな私を受け入れてくれそうなところといえば……)
ザクザクと適当に切られた、不揃いで汚い黒髪。煤けた顔とボロボロのワンピース。ボロボロの靴。……どこからどう見ても、私はただの物乞いだ。事情を真摯に説明すれば、住み込みで働かせてくれるようなところがあるのだろうか。いや、いっそ修道院や、身寄りのない人を保護する施設なんかを探してみる……?
(……でもまずは、どこへ向かうのかを決めなくちゃ)
頭の中に周辺の地図を思い浮かべる。このエヴェリー伯爵領は、ハスティーナ王国の西側に位置している。ここから北東側にあるハリントン公爵領を越えれば、その東側が王都になる。
「……」
頼れる人は誰もいない。父や母と暮らしていた南の小さな町まで行ってみたい気もしたけれど、無一文の私がたどり着くことはきっとできないだろう。
どこに行けばいいかなんて分からない。それなら……ひとまず王都を目指そうか。大きな街ならば、私にも何か生きる手段が見つかるかもしれない。
(……そこまでたどり着けるかどうかも、分からないけれど……)
正直今にも倒れてしまいそうなほど、私は疲れきっていた。昨日の朝から今に至るまで、何も食べていないのだ。ものを口にしたのは、一昨日の夜が最後。そのまま命じられる仕事を次々とこなしていたし、その上さっきの大騒ぎだ。スティーブ様に全力で抵抗し、伯爵様に引きずられ、精神的にも追い詰められ、私はもうヘトヘトだった。
だけど、とにかく前に進むしかない。辻馬車に乗るお金もないし、そもそもどこから辻馬車に乗れるのかも何も分からない。ずっと歩いていけば、もしかしたら親切な誰かにすれ違って、何か救いの手を差し伸べてもらえるかもしれないし……。
(……よし。とにかく、行こう)
不安で胸がいっぱいで、今にも足が竦んで動けなくなりそうだった。もしかしたら、このまま飢え死にするしかないのかもしれないという思いが、頭をよぎってもいた。
けれど私は自分を奮い立たせた。行くしかないのだと何度も心に鞭打って、泣きそうになるのを我慢しながら歩き出した。
◇ ◇ ◇
空腹と喉の渇きを我慢しながら、私はひたすら歩き続ける。疲れも相まって、時折気が遠くなりそうだった。今のところ、誰かにすれ違う気配はない。
そのまましばらく歩いていると、鬱蒼と木々が生い茂る森が見えてきた。私はたちまち不安を覚える。……そうだ。ここから王都の手前のハリントン公爵領に向かうまでの間に、小さな森があるんだったっけ。
(……どうしよう。ここを突っ切るのが最短距離なのは間違いない、けれど……)
森には凶暴な野獣が出ることもあるという。もし獣に襲われたら、私なんかあっという間にやられてしまうだろう。
……でも……。
(……もういいや。とにかく、行こう……)
ただでさえ栄養の足りてない体と頭に、限界を超えた空腹。冷静な判断力などとうになくしていた私はそれ以上脳みそを使う気力もなく、ヨロヨロと森の中に入っていった。