姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

72. 罰(※sideエヴェリー伯爵)

(まさか……ここまで徹底的にやられるとは……)

 這々の体でようやく屋敷へと戻ってきた私の全身は鉛のように重く、嫌な汗で服がべっとりと背中に張り付いていた。馬車を降り屋敷まで歩く足取りはおぼつかず、みっともなくよろけてしまった。

 突然の要請により王宮へと赴いた私は、国王陛下より直々に追及を受けた。

『そなたの領地経営の杜撰な内容について、ここに抗議の書面を受け取っておる。領民たちからの数々の苦情や訴えを長年放置し、領主として彼らの生活を守る責務を一切放棄していること、その他、そなたが違法賭博に手を染めていることも、密輸した違法薬物でひそかに利益を得ていることもな。長年の税金着服の証拠も上がっておる。……これをその目で見た上で、何か申し開きはあるか』

 そう言って出し抜けに差し出されたぶ厚い書類の数々に、私の全身から滝のような汗が一気に流れた。そこには私がこれまでひた隠しにしてきた悪行の数々が、余すところなく曝け出されていたのだ。

『領民たちから法外な税金を巻き上げ、彼らの生活を良くするための対策は一切せずに私腹を肥やし続けるとは、領主の風上にも置けぬ振る舞いだ。しかもこの調書によると、領主がそなたに代替わりするより以前から、エヴェリー伯爵家ではこのような悪事が日常的に続けられてきたようだな』
『……っ、こ……、これ、は、その……』
『さらにはそなた、ハリントン公爵の婚約者であるミシェル嬢の縁戚でありながら、彼女を手元に引き取った後十年間もむごい虐待を繰り返してきたというではないか。それについても数々の証言を集めた調書が、ここに上がっておる』
『…………っ!!』

 淡々とそうのたまった国王陛下は、路上のゴミクズを見るような目で玉座から私を見下ろし、最後にこう言ったのだ。

『王家へ都度上げられる報告書が虚偽の内容であったことが判明し、さらにそなたは領主としての責務を一切果たしてもいない。そのような者がこの王国内で領主としてのさばることを、余は決して許さぬ』

 突然、奈落の底へと突き落された。
 私は陛下から貴族籍と領地の没収を宣告され、そのまま王宮を追い出されたのだった。

(う、嘘だ……。なぜこんなことに……。つい先日まで、思うがままの贅沢を享受していたというのに……。面倒なことは全て部下に任せ、私ら家族は湯水のように入ってくる金を惜しみなく使い、優雅に過ごしていた。それが……なぜ)

 分かっている。あの男だ。ロイド・ハリントン公爵。
 私の身ぐるみを剥がそうと、あらゆる手段を使いこの数ヶ月間で徹底的に調べ上げたのだろう。上手く隠し続けてきたはずの、何もかもを。とんでもない執念だ。
 あの男がミシェルを寵愛し妻に迎えると知った時から、マズいとは思っていた。私たち家族を見る、まるで射殺すような、鋭い怒りと憎悪に満ちた目。
 王国最大の権力を持つ貴族を、私は怒らせてしまった。
 すぐさま詫び状を送り、こちらの謝罪の気持ちと誠意を示すための貢ぎ物も何度も送ったが、奴はどれ一つとして受け取ることはなく全てそのまま送り返してきた。どうにか機嫌をとらねばとこちらが焦っているうちに……まさか、ここまでやられるとは……!

「お帰りなさいませ、あなた。……で? 一体何でしたの? 国王陛下からのお呼び出しの理由は」

 帰るなり飛び出してきた妻のコリーンと、自室にいた娘のパドマを居間に集め、私は陛下から告げられた刑罰を伝えた。
 二人は瞬きもせずに私を見つめたまま、口を半開きにし、固まった。その表情から一気に血の気が引いていくのが見てとれた。

「ど……どういう、ことですの……? あなた……。貴族籍と領地の剥奪、って……。じゃあ、私は、私たちは、これから、ど、どうなりますの……? まさか、平民として生きていかなくてはならないと……!?」
「う、嘘でしょう!? 冗談じゃないわ!! どうして急にそんなことになるのよ!! 絶対に嫌よ私!」
「……もうどうしようもない。今さら取り繕う術などないのだからな……」

 ガックリと肩を落とす私のことを、女二人が責め立ててくる。

「どうしようもないって何よ!! しっかりしてよ!! じゃあ私……もうパーティーにもお茶会にも出られないってこと!? は、恥ずかしくて……もう友人たちに会えないじゃない!! ……ううん。貴族じゃなくなった私たちのことなんて、もう誰も相手にしてくれなくなるわ……!! どうしてこんなことになったのよ!!」
「生活は……どうなりますの? こ、この屋敷までは、取り上げられませんわよね? ね? あなた。私、嫌ですわよ。ここを出て、平民のような苦しくて貧しい生活を送るだなんて」
「……長年の横領に対して返済義務がある。私財の全てを処分し、全員で働くしかない。そうでなければ、我々は今すぐ牢屋行きだ」

 絞り出した私の言葉に、二人は再び硬直した。その直後、断末魔のような娘の喚き声が部屋中に響き渡る。妻はフラリと立ち上がると、そのまま床に膝をついて蹲り、呻きながら頭を掻きむしった────








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