【後日談投稿しました】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

その後のお話② 絆(※sideカーティス)前編

 見慣れた古巣の孤児院に到着すると、俺は真っ先に馬車を降り、持参した寄贈品を手早く運び出す。前回俺が訪問してから、三ヶ月ぶりだ。しかも今日はいつもより大人数で来た。子どもたちもさぞビックリするだろう。

「カーティスさん、私も運びます」

 俺がせっせと荷物を降ろしていると、アマンダがおずおずとそばに寄ってきてそんなことを言う。

「いや、こっちは大丈夫だ。他にも男手はあるからな。お前は奥様のそばにいろよ」
「分かりました」

 俺の言葉に素直に頷くと、アマンダはそそくさとミシェルのそばに戻っていった。そして二人して何やら言葉を交わし、楽しそうに笑っている。……可愛い。

「ようこそお出でくださいました、領主様。いつも本当にありがとうございます」
「不都合はないか」
「はい、おかげさまで」

 俺がここにいた頃から世話になっている院長が、門のところでロイド様と挨拶を交わしている。彼女はもう初老といっても差し支えない歳だが、俺にとっては「母さん」と呼びたくなるような存在だ。ロイド様がミシェルを院長に紹介し、院長がミシェルを歓迎する言葉と、結婚の祝いの言葉を丁寧に述べている。
 二人を中へと案内する時に、院長はチラリとこちらに視線を向けた。俺は軽く手を上げて「元気でやってるぞ」とアピールした。院長は嬉しそうに微笑むと、中へと入っていった。

 ロイド様とミシェルが婚約してから、約一年。ついに先日、二人は結婚式を挙げた。
 しっかりとリハーサルを繰り返したおかげだろうか。当日、純白のウェディングドレス姿でロイド様と永遠の愛を誓い合ったミシェルは、普段のあどけなさを微塵も感じさせない落ち着いた様子を見せ、列席者たちはその神々しいほどの美しさにため息を漏らしていた。共に参列したアマンダは、俺の隣でこれでもかと感激の涙を流し、顔中をぐしょぐしょに濡らしながらしゃくりあげていて、つい笑ってしまった。

 結婚後も相変わらず、ロイド様は仕事の一環として、領内の福祉施設を定期的に回っている。別邸で静かに暮らしているハリントン前公爵夫人も、いまだに慈善事業や福祉施設の訪問だけは精力的に続けている。
 ここの領民たちは、本当に幸せ者だとつくづく思う。俺を含めて。



 応接室で院長との話が終わったロイド様とミシェルは、子どもたちが遊んでいる中庭へ顔を出した。案の定、子どもたちは大はしゃぎだ。意外と子ども好きなロイド様は、自分の周りに集まってくる幼児たちの頭を撫でて何やら話しかけてやっている。その近くではミシェルが、自分の桃色の髪に興味津々な女児たちの前にかがみ込み、髪を触らせている。そんなミシェルの姿を見て、ふと、そういや前にもこんなことがあったっけなぁと思い出した。ロイド様とミシェルと俺で、大きな孤児院に視察に行った時のことだ。離れたところで坊主共の相手をしていた俺は、気になって時折ミシェルの様子を見ていた。ミシェルは今と同じように、屈託のない笑顔で女児たちの相手をしてやっていたっけ。
 周囲に馴染めず寂しそうにしている子を気遣って、ごく自然に皆の仲間に入れてやっていた。今だってあの頃と同じように、ドレスの裾が汚れることも厭わず、子どもたちの目線まで腰を落とし、皆の顔を見回しながらニコニコと話している。

(……いい子なんだよなぁ。本当。優しくて健気で、純粋で。王国中の貴族家が狙っていたハリントン公爵の妻の座を得たっていうのに、驕り高ぶる気配もねぇ。ずーっと真面目に勉強勉強、仕事仕事。メイドだった頃と何一つ変わらない)

 ロイド様って見る目あるよなぁ。
 まぁ、俺もだけど。
 ミシェルのそばで彼女を見守りながら、同じように子どもたちの相手をしてやっているアマンダに視線を送る。
 この二人の関係も、変わったようで変わっていない。何がそんなに楽しいのか、顔を突き合わせてはいつもキャッキャとはしゃいでいた女二人は、こうして公爵夫人と専属メイドとなった今でもそんな感じだ。社交の場では凛とした公爵夫人の立ち居振る舞いがすっかり板についたミシェルも、屋敷に戻ってアマンダと話している時は、メイド同士だった頃の表情に戻っている。
 姉妹みたいだな、なんて、ふと思う。
 俺はアマンダが可愛い。そりゃ妻だから当然だ。出会った頃から可愛いと思って目をかけていたし、好かれていることに気付いた時にはかなりニヤけた。こうして夫婦になってからは、ますます愛おしくてしょうがない。
 だけどミシェルも、別の意味で可愛い。
 何でだか分からないが、俺にとってミシェルは今でも、ハリントン公爵邸にやって来た頃の、危なっかしくて健気で無邪気なミシェルのままだ。
 そんなことをボケーッと考えながら、可愛い二人を眺めていた、その時だった。
 
 ドカッ。

「痛っ!」

 突然頭にボールが飛んできて、思わず声が漏れた。
 振り返ると、いつも俺に絡んでくる悪ガキたちがケラケラと笑ってこっちを指差している。

「何ボーッとしてんだよカーティス! 遊ぼうぜー」
「……この野郎」

 俺が向かっていく気配を察したのか、悪ガキ共が悲鳴を上げながら走り出した。全速力で追いかけてやろうと思ったその時、ミシェルとアマンダの笑い声が聞こえた。
 
「ふふ。カーティスさんったら、子どもみたい」

 ミシェルのその言葉に、俺はニヤリと笑って言い返す。

「……奥様。ドレスだけじゃなくて、頬も土で汚れていますよ。どっちが子どもでしょうね」
「へっ!?」

 公爵夫人らしからぬ声を上げ自分の顔をペタペタと触り出したミシェルを見て笑った後、俺は今度こそガキ共をとっ捕まえるために走り出した。



「はー。さすがにちょっと疲れた……」

 二十分くらい追いかけっこをしてやった俺は、中庭から孤児院の建物へと続く階段に腰を下ろし休憩していた。ロイド様とミシェルは懐いている子どもたちをゾロゾロと引き連れて、中庭の遊具を見て回っている。俺と走り回っていた悪ガキ共までわいわい騒ぎながら、ロイド様たちについていった。アマンダがその後ろを静かに歩いている。
 呼吸を整えながらそんな三人を見ていると、背後から穏やかな声がした。

「カーティス」
「……先生」

 振り返ると、院長がいつもの優しい笑みを浮かべて俺のことを見つめていた。
 




< 76 / 78 >

この作品をシェア

pagetop