【後日談投稿しました】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

その後のお話② 絆(※sideカーティス)後編

「俺って、何? その、ここの門の前におくるみに包まれたままポイッと置いてあったとかじゃねぇの?」

 院長は静かに首を横に振った。

「違うのよ。ご夫婦で私に頭を下げてこられたの。……聞くのね? この話」
「……あ……、ああ」

 院長は最終確認とばかりに俺の目をジッと覗き込んでそう尋ねると、落ち着いた口調で淡々と語りはじめた。

「……とても疲れ果てた様子のお二人だったわ。痩せ細って、目の下には真っ黒なクマができていて。お父様の方が、あなたをしっかりと胸に抱いていてね。私の前で二人して深く頭を下げて、こう言ったのよ。我々は南の方にある、とある小さな男爵領から来た者です。大きな失敗をしてしまい、もう金銭も底をつきました。生きる術を失ったのは我々自身の責任ですが、それでも、この子だけはどうにか生かしたい、どうかこの子を助けてはもらえませんか、って……」
「……へ……」

 院長のその言葉に、俺の心臓が大きく音を立てた。
 南の方の、小さな男爵領……。大きな失敗。
 どこかで聞いた話だ。
 院長は言葉を続ける。

「このハリントン公爵領が、福祉施設の充実に特別力を注いでいることは聞き及んでいた。だからこそ、藁にも縋る思いでここまでやって来ました、と。涙を流しながら、何度も何度も丁寧に頭を下げておられたわ。私は言ったのよ。そのようなどうしようもない事情でしたら、もちろんお子様はお預かりします、と。そして、あなた方も救われる方法はいくらでもあるのだから、あまり思いつめないでくださいって伝えたの。そんなにも切羽詰まった状況ならば、お二人もしばらくここに滞在して、ここで働きながら今後の生活を考えてみてはどうかとも提案したけれど、ご夫婦は頑なに拒んだわ。他にもいくつかの施設を紹介したり、無一文からでも再起できる可能性のある方法を伝えてみたけれど、……どうかしらね。ずっと気がかりではあったのだけれど……あんなに別れを惜しんでいたあなたを迎えに来なかったということは……」
「……」
「……ごめんね、カーティス。話しすぎてしまったかしら」
「……いや……大丈夫だ」

 心臓が狂ったように脈打ち、頭が激しく混乱する。俺は無意識に、彼女の方に視線を向けた。

「……他には? 先生。全部教えてくれ。俺は全然、大丈夫だから。どんな風貌の人たちだったんだ? 名乗りはしなかったのか?」
「……うん。名は仰らなかったわね。とにかく不健康そうで、思いつめたご様子で……。一つ気になったのはね、お召しになっている衣服が、とても古びたものではあったけれど、しっかりとした生地に繊細な刺繍の入った、高価そうなものであったことよ。おそらく平民ではないのだろうなと思ったわ。勝手な想像だけど、資産を食い潰してしまった貴族の方とか……。違うかもしれないけどね」
「……そうか」

 ロイド様の隣で屈託のない笑みを浮かべながら、子どもたちに優しく話しかけているミシェル。院長の話を聞きながらその姿を呆然と見つめ、俺は自分の中でむくむくと膨れ上がる一つの可能性について考えた。

 ミシェルと婚約する前、ロイド様は何人もの人手を動かして、ミシェルの父方の実家、フランドル男爵家について調べさせていた。
 息子の一人が後を継いだが、元々貧しかったその男爵領の経営に失敗し、廃爵されたうえに行方知れずとなってしまっていた。
 それが、ミシェルの父親の、兄弟。

(……まさかな……。いやでも、なんかかなり状況が被るんだけど……)

 嘘だろ。いや……、そんな都合よくここで出会うなんてこと、あるだろうか。
 いくら何でも、こんな偶然、なかなか……。
 頭の中にそんな思考がグルグルと駆け巡り、若干パニック状態に陥っている俺の隣で、院長が言った。

「結局彼らは、あなたを置いてここを去った。……本当に、とても名残惜しそうにね。ご夫婦は最後に、代わる代わるあなたを抱いていたわ。元気でいてくれ、カーティス、大きくなるのよ、愛しているわカーティス、って、眠っているあなたに何度も何度も声をかけてね。そして、心配になるほどガックリと肩を落として行ってしまった……。私も最後まで何度も言ったわ。どうにもならなかったら、必ずここへ戻ってきてくださいって。けれど、彼らが姿を見せることはもうなかったわね……」
「……そうか」

 院長は気遣わしげに俺の顔を見て、少し微笑んだ。

「やっとあなたに話せたわ。聞きたくないのだろうと思ってずっと言えなかったけれど、親になることを悩んでいるあなたに、あなたもちゃんと愛されていたんだってことを伝えておきたかったのよ」
「……うん。ありがとう先生。聞けてよかったよ。もう大人だしな」
「ふふ」

 確証は何もない。今の話のどこにも、俺の両親がフランドル男爵夫妻であったという決定的な証拠はない。
 けれど、いまだにミシェルのことが何かと気になって、まるで妹みたいに可愛くて仕方のないことや、この胸の中にある上手く言葉にできないこの親しみこそが、全てなんだと思う。
 その時、ロイド様がこちらを見ながら手招きしていることに気が付いた。

「そろそろ帰るみたいだ。……また来るよ、先生。話してくれてありがとうな」
「ええ。待っているわね。体に気を付けるのよ。アマンダさんのことも、ちゃんと大事にね」
「はいはい。分かってるって。じゃあな!」

 俺は座っていた階段を一気に飛び降りると、ロイド様たちのところまで走っていった。
 


 馬車の支度を待っている間、ミシェルがトコトコと俺のそばにやって来た。

「ここの孤児院も、素敵なところだったわ。先生方も皆親切で、子どもたちも素直で可愛くて。小さなカーティスさんは、ここで毎日暮らしていたのね」
「そうですよ、奥様。あのギャーギャー走り回っていた悪ガキ共の中の一人が、俺だったわけです」
「ふふ」

 俺の言葉に、ミシェルが楽しそうにクスクスと笑う。俺はふと、彼女に聞いてみた。

「あのさ、奥様、こういうの何ていうんですっけ」
「え?」
「ほら、その……、たとえば血の繋がりがあってもなくても、そういうの関係なくさ、近くで一緒の時間を過ごしているうちに、こう、だんだんと相手のことが大事な……、」
「恋?」
「いや、そういうんじゃなくて。男とか女とか関係なくてさ、ほら、無性に大事な……かけがえのない存在になる、みたいな」
「? ……運命の人?」
「もう離れててもそばにいても、関係なく、なんかその、相手が自分の人生の一部になってる、みたいな……」

 小首を傾げながら俺のことを見ていたミシェルが、ふいにその言葉を口にした。

「……絆?」
「……ああ、それだ」

 絆か。俺はロイド様にも、アマンダにも、そしてミシェルにも、その“絆”というものを感じているんだな、と妙にしっくりきた。
 別にいいじゃないか。血なんか繋がってても、繋がってなくても。
 今そばにいて、どうしようもなく大事で。
 そういう人たちに出会えて、共に人生を生きていけることが、幸せなことなんだな。
 俺はそんな彼らを、ちゃんと大切にしていきたい。

「ミシェル、おいで」

 ロイド様が、夫婦の乗る馬車の前でミシェルを呼んでいる。嬉しそうな顔をして「はい」と返事をし、そちらに向かおうとしたミシェルに、俺は小さく声をかけた。

「……ずっと幸せでいろよ、ミシェル」
「……えっ?」

 ミシェルが立ち止まり、あどけない表情で振り返る。まるでメイドだった頃のミシェルみたいに。

「いっ、今何て言いました? カーティスさん」

 喋り方まで戻ってしまった。
 俺は苦笑し、その背中をそっと押す。

「ほら、早く行ってください。ロイド様が待ってますよ」
「……っ? ……??」

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべたようなミシェルが、何度もこちらを振り返りながらロイド様の元へと歩いていった。



 俺はアマンダと後続の馬車に乗り、ハリントンの屋敷へと戻る。アマンダが目をキラキラさせながら俺に言った。

「雰囲気が良くて素敵な孤児院でしたね、カーティスさん。幼い頃のカーティスさんがここで育ったんだなぁって思うと、なんだか感慨深くてドキドキしました。来られて嬉しかったです」
「はははっ」

 ミシェルと同じようなことを言う妻が面白くて、思わず噴き出してしまった。

「な、何がそんなにおかしいんですか?」

 この不思議そうな表情も、さっきのミシェルみたいだ。無性にツボに入ってしまいしばらく笑った後、俺はアマンダに尋ねた。

「なぁ……、子ども作ろうか、アマンダ」
「……。……は、はっ!? な、な、なななにを突然……っ!!」

 一瞬ポカンとしたアマンダの顔が、突然噴火するのかと思うほど真っ赤に染まった。両頬を手で覆い、バタバタと狼狽えながら汗までかいている。

「? 何でそんなに焦ってるんだよ」
「だっ!! だって……っ!! こっ、こんなところで、とっ、突然……、何を仰るんですかあなたはっ!! お、お、お昼ですよっ!? こっ! こんな……、こんな、そんな、そんなこと……っ!!」

(……?)

 俺、そんなに変なこと言ったかな。
 院長から初めて両親の話を聞いて、今自分が、ここでこうして生きていて。
 出会ってきた周りの人たち、皆大事だなぁとしみじみ思って。何となく、その大事な人を増やしたいなと、アマンダと一緒に、自分の家族を作っていきたいな、と。そんな覚悟らしきものができたっていう話なんだけど。
 アマンダはお昼がどうとか言いながら、何事かと思うくらいに狼狽えまくっている。
 
「子ども欲しくねぇの? お前。今までお互い、あんまりそんな話したことなかったし、仕事もあるしさ。何となくまだ妊娠しないようには、気を付けてきたつもりだったけど」
「っ!? ま……まだ言うんですかっ!! あ、あなた……あなたって人は……!!」
「へ? いや、お前の両親も何も言ってこないけどさ、きっと孫ができたら嬉しいだろうし。そろそろ考えようぜ。いきなりごめんな。お前は、どう思ってる?」
「~~~~っ!! 」

 アマンダは両手で頬を隠したまま、涙目になっている。首まで真っ赤だ。
 俺から思いっきり顔を背け小窓の方を向いてしまったアマンダは、蚊の鳴くような小さな声でボソリと言った。

「…………夜、ふ、二人きりで、……話しましょう」
「そうか? ん、分かった」

 アマンダは小窓の方を向いたまま、何かを我慢するかのように唇をキュッと引き結び、小刻みにプルプルと震えている。ふいに愛おしさが込み上げ、俺は呟いた。

「可愛いな、お前」
「……っ!?」
「愛してるよ、アマンダ」
「~~~~~~っ!?!?」

 アマンダはこちらを見て口をパクパクさせ、どこもかしこも真っ赤に染めたまま完全に後ろを向いてしまった。椅子に腰かけたままだから、体が思いっきり捻れている。器用なヤツだ。

「お前は? 言ってくれねぇの?」

 俺がそうねだると、しばらく黙っていたアマンダが、やがて聞き取れないほどの小さな声で答えた。

「……それも、夜に言います……」
「ふ……っ」

 なんか幸せだなぁ、なんて思いながら、俺はすっかり緩みきった顔で窓の外を眺めたのだった。




   ーーーーー end ーーーーー




 これにて一旦、この物語は完結とさせていただきます!
 最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。また楽しんでいただけるように頑張ります(*^^*)







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