姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

9. 目覚めた場所は

「こ、こんなことになってしまって……謝罪のしようも、ございません……。きちんとお詫びを差し上げなければと思うのですが、私は……」

 私が必死で謝っていると、銀髪の男性は眉間に皺を寄せ、面倒そうにシッ、シッ、と左手を振る。

「もういい。君の身なりを見ればろくな詫びなど期待できないのは分かる。不運な事故だったと思うしかあるまい。……しかし、これからは気を付けて歩け。馬に気付かず木陰から飛び出すなど。下手すれば君は死んでいたのだからな」
「は……はい。すみません……」

 もうどこかへ行けということなのだろう。ものすごく心苦しいけれど、この様子を見る限り、この方が私と関わりたくないと思っているのは明白だ。
 申し訳なさに押しつぶされそうになりながら、私はゆっくりと背を向けて歩きはじめた。ふいに視界がぐらりと揺れる。……少し、息が苦しい。

「おい、待ちなさい」

 その時、背後から銀髪の男性が私を呼び止めた。足を止め、振り返る。なんだか体がものすごく重い。全身にじんわりと変な汗が浮かんでくる。
 銀髪の男性はオレンジ色の髪の青年に何かを渡し、私の方を指し示す。するとオレンジ色の髪の青年がススッと私のそばにやって来た。……やっぱり動きがすばやい。
 近くで見る青年の瞳は、鮮やかなグリーンだった。好奇心旺盛そうな、キラキラした瞳をしている。こちらも整った顔立ちの爽やかな美男子だ。

「ほら、これ。旦那様からだ。受け取りな」

 そう言って私の手に乗せられたのは一枚の銀貨だった。

「……っ! こ、これは……」
「遠慮するなよ。旦那様のお気持ちだからな。どっから来たのか知らねぇけど、住処に帰って店で食うものでも買えよ」

 そうは言われても、このまま黙って立ち去るわけにはいかない。
 せめてもう一度、あの貴族様の前に行ってお礼を申し上げなければ。
 そう思った私は渡された銀貨を握りしめ、まだ大木の下に座り腕の怪我を気にしている様子の銀髪の男性の元へ、再び歩み寄ろうとした。

 けれど。

(……あ、あれ……? なんだか、目の前がチカチカする……)

 おかしいな、と思った瞬間、急激に血の気が引き、体中の力が抜ける。膝がガクンと折れ、その直後、視界が真っ暗になった。

「うおっ!? お、おい! どうしたんだよ! しっかりしろ!」

 そんな声が遠くで聞こえた気がした。



   ◇ ◇ ◇



(──────…………。……ん……?)

 ……あれ……?
 どうしたんだろう、私。なんだか、気持ちいい……。体が、すごくふわふわする。
 まるで柔らかい綿に包まれているような優しい感覚の中で、私はしばらくまどろんでいた。やがてだんだんと意識がはっきりしてきて、私はゆっくりと目を開ける。

(……。……あれ?? ここ、どこ……?)

 見慣れない天井に驚き視線を巡らせると、ベッドの天蓋らしきものが目に入った。そこでようやく、自分がベッドの上に寝かされていることに気付く。私は慌てて上体を起こした。
 そして、周囲を見渡して息を呑む。

(……綺麗な部屋……)

 広々とした部屋の中はすっきりと片付いていて、清潔感に満ちていた。見るからに高級そうな調度品の数々に、品の良い柄の重厚なカーテン。そして私が寝かされているこのベッドもとても大きくて、肌触りの良いブランケットが私の体にかけられていた。
 自分の置かれた状況が理解できずに、必死で頭を巡らせる。えっと……、私はエヴェリー伯爵邸から、身一つで追い出されたのよね。どこに向かえばいいかも分からず、ひとまずは王都の方を目指そうと……それでハリントン公爵領の手前にある森に入っ……て……。

(っ!! そうだ、私……っ)

 頭の中に、先ほどの銀髪とオレンジ色の髪の男性の顔がよぎる。その時、部屋の扉が突然カチャリと音を立てた。ビックリして肩が跳ねる。

「……あら。よかった。目が覚めていたのね」

 開いた扉から部屋の中に入ってきたのは、若い女性だった。……ここの使用人だろうか。そんな服装をしている。手には盥を持っていた。
 その女性はニコニコしながら私のそばまでやって来た。

「さっきお医者様に診ていただいて、栄養剤を注射してもらったのよ。あなた、随分長い間まともに食事をしていなかったのでしょう? 栄養失調ですって。よかったわね、旦那様が連れて帰ってきてくださって」

 明るい栗色の髪をしたその女性は、私にそう優しく話しかけてくれた。








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