【改稿版】罰ゲームで私はウソの告白をされるそうです~モブ令嬢なのに初恋をこじらせているヤンデレ王子に溺愛されています~【電子書籍化進行中】

23 私は大丈夫……ではなかったようです

 私の隣にいるシオンから、静かだけど激しい怒りが伝わってくる。

 どうしよう……。ここでシオンとサジェスが言い争ったら、またシオンの評判が悪くなる。それに、ケイトも悲しんでしまう。

 私は、そっとシオンの制服の袖(そで)を引っ張った。

「あの、私はもう大丈夫ですから! 帰りましょう?」

 いつもなら『そうだね』と穏やかな笑みを浮かべてくれるシオンは、サジェスを睨みつけたまま私のほうを見ようとしない。

 ど、どうしたらいいの?

 私の代わりにシオンがサジェスに怒ってくれている。その気持ちは嬉しいけど、今は落ち着いてほしい。

 私は、困った末にシオンの気を引くために『えいっ』とシオンの腕に抱きついた。

 私たちは、学園内では恋人のふりをしているんだから、これくらい大丈夫だよね?

 おそるおそるシオンの顔を見ると、シオンは美しい瞳を見開いて私を見ていた。シオンがこちらを見てくれたことにホッと胸をなでおろす。

「シオン! 帰りましょう! 私、早く帰りたいです!」

 ここはもう勢いで押し切ってしまおうと私が早口で伝えると、シオンは驚いた顔のまま小さく頷いた。

 そのとたんに、私たちの背後でパンッという乾いた破裂音がする。

 驚いて振り返ると、ケイトが地面に尻もちをついたサジェスの前に立ちふさがり、サジェスはぼうぜんとした表情で自身の左頬を押さえていた。

 もしかして、ケイトがサジェスの頬を叩いた⁉

 優しいケイトが誰かを叩くなんて信じられなかったけど、私が「ケイト?」と声をかけると、こちらを振り向いたケイトの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。

「……リナリア。私はお兄様と話があるから……。気をつけて帰ってね……」

 静かに涙を流しながらそう言うケイトに、私はためらいながらも頷いた。

「ケイト、また明日学校でね! ずる休みしたら怒るわよ!」

 『私は大丈夫だから』という気持ちを込めてそう伝えると、ケイトは泣きながら少しだけ笑ってくれた。

 私はシオンの腕を引っ張りながら学園内を歩き、王家の馬車が待つ場所へ連れて行く。

「リナリア、少し待って」

 そう言ったシオンは、後ろから付いてきたギアム様に何か伝えた。それを聞いたギアム様は静かに頷いている。

「じゃあ帰ろうか」

 馬車に乗り込み扉をしっかり閉めてから、私はシオンに頭を深く下げた。

「先ほどは許可なく勝手にお身体に触れて大変申し訳ありませんでした! ご無礼をお許しください!」
「どうして謝るの?」

 美しい微笑みを浮かべるシオンは、いつもの穏やかさを取り戻している。その笑顔を見たとたんに、今まで気を張っていた私の身体からフッと力が抜けた。

「それは、その、私が急にシオンの腕に抱きついてしまったので……」
「恋人なら普通でしょう?」
「そ、そっか。そうですよね」

 私の判断が間違っていなかったようで良かった。向かいの席に座っているシオンが伏し目がちになると、長いまつ毛がシオンの滑らかな頬に影をつくる。

「怖い思いをしたね」

 その言葉でサジェスに力任せに押さえつけられたことを思い出して、私の身体はゾクッと震えた。

「君とサジェスに何があったかは分からない。私たちが見つけたときは、サジェスが君を押し倒していた状態だったから……。手首が赤くなってしまっているね」

 シオンは私に向かって腕を伸ばしたけど、その手は私に触れることなく途中で止まった。

「さっきはとっさに触れてしまったけど、私がリナリアに触れても大丈夫? あんな目に遭(あ)ったあとで……サジェスと同じ男の私が怖くない?」 

 シオンに聞かれて、私は考える前に頷いていた。シオンに触れられることに少しの恐怖も感じない。

 悲痛な表情でシオンは私の手首に触れた。

 サジェスに触られたときは、痛いし気持ち悪くて仕方なかったのに、シオンに触れられると胸が熱くなる。
「リナリア。つらいよね」
「あっ……。私は、大丈夫です」

 確かに怖かったけどサジェスに目の敵(かたき)にされるのはいつものことだし、会うたびに暴言を吐かれるのにももう慣れてしまっている。

「気にしないでください」

 ニコリと微笑みかけると、悲しそうな顔をしたシオンは「大切な君が傷つけられて悔しい」と言った。

 『大切な君』って……。もしかして、シオンは私のことを大切な友達だと想ってくれているの?

 そう思うと全身が喜びで満たされていく。

「リナリア。私は君を守ることができなかった。自分が腹立たしくて仕方ない」
「そんな! シオンのせいじゃありません!」
「じゃあ、お願いだから大丈夫だなんて言わないで……」

 そう言うシオンは怖いくらい真剣な表情をしていた。

「でも、押し倒されただけで、それ以外、本当に何もなかったですし……」

 シオンは少し考えるような仕草をしたあとに、幼い子どもを言い含めるようにゆっくりと話した。

「もし、サジェスが他の女生徒にもこういうことをしたらどうする?」
「こういうこと……?」

 乱暴に手首を掴まれたり、押し倒されたり、暴言を吐かれたり。

「そんなの絶対に許せません! 今回は未遂だったから良かったものの、サジェスがしようとしたことは犯罪ですよ、犯罪‼ 私がどれだけ痛くて怖かったと思っているんですか⁉ ……あっ」

 シオンは「そういうこと」と言うとニコリと微笑んだ。
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