虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
 くれぐれもお気をつけください、と扉の前までついてきたクレソンを追い払い、ディオンは控え目に扉をノックした。しかし返答がない。もう一度繰り返しても反応がないので、ディオンは開けるぞと断って中へ入った。

「ミランダ?」

 そっと寝台へ近づくと、小さく身体を丸めてすやすやと眠るミランダの姿があった。

「疲れて眠ってしまったか……」

 それもそうか、と思う。体力のあるディオンですら疲労を覚えているのだから、ミランダはなおさら疲れたことだろう。

(こうしてみると、まだ少女なのだな……)

 年齢はようやく十八になったばかり。背も自分より低く、手足も容易く折れるほどの細さでなんだか心配してしまう。考えてみれば、遠い地からこの国へ訪れてまだひと月も経っていない。何でもないと思っていても、疲労が蓄積されているはずだ。

(今夜はこのまま寝かせておいてやろう)

 わざわざ起こして初夜を実行するのも可哀想だと、ディオンは羽毛の掛布をかけてやり、ミランダの隣に横になった。

「んん……ジュスティーヌ、ねえさま……」

 むにゃむにゃと何か寝言を呟くので、思わず笑みが零れた。

(しかし、ねえさま、か……)

 ミランダは姉のジュスティーヌに嫌がらせをしていたという。つまり嫌っているわけだが、今のミランダの顔はとても幸福そうで、どうしてもジュスティーヌを疎んでいるようには見えない。それとも意地悪することで悦びを見出すタイプなのだろうか……。

(あまりそうは見えないが……)

 なんて思う自分にディオンは少し驚いた。

 自分はまだこの少女について何も知らないというのに、理由もなく大丈夫だと信じ始めている。

(勘だろうか……)

 それとも初めて会った時に見せてくれた、はにかんだ笑顔のせいだろうか。つい魅入ってしまって、とっさに脅すような言葉をかけてしまったが、ミランダの怯えた顔を見てすぐに罪悪感を覚えた。

(クレソンに知られれば、まずいな……)

 今もおそらくディオンが無事かどうか、はらはらしながら待機しているはずだ。今日は何もないから安心してくれと伝えに行かなくては……。

(ああ。だがその前に少しだけ横になりたい……)

 仰向けになっていたミランダがごろりと寝返りを打ち、ディオンのすぐ目の前に寝顔を晒す。幸せそうな笑みを浮かべている表情をディオンはぼうっと眺めているうちに瞼が重たくなり、やがてミランダと同じ夢の世界へ旅立っていった。
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