虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
 カチャカチャと控え目に食器の音が鳴る中、ちらちらとディオンは向かいに座るミランダの様子を観察していた。

(昨夜はつい爆睡してしまった……)

 ここのところずっと忙しく、気を張っていたせいもある。しかし何もない時でも、ディオンが熟睡することは滅多にない。だから誰かのそばで――しかも嫁いできたばかりの、注意するべきよう再三言われた女性を抱き寄せて眠ったことに、ディオンはとても驚いていた。

(人肌が恋しかったのか?)

 だからといってあまりにも油断しすぎた。ちなみに何かあったらいけないと徹夜で待機していたクレソンは目の下に大きなクマを拵えて、「陛下! 本当に何もなかったのですか!」と身体をくまなく調べられそうになったので、部下に押しつけて寝かせるよう命じておいた。おかげで今静かに朝食をとることができているといえよう。

 そこまで考え、またディオンはミランダに目をやった。

(普通異性に抱かれて眠ったとあれば、真っ赤になって恥ずかしがるものだと思っていたが……)

 ほんの少し驚いただけで彼女はけろりとしていた。泣かれて騒がれたり、嫌がられるよりはずっといいのだが……少々複雑な気持ちにもなる。

(それとも目が覚めた時はもっと驚いたのだろうか……)

 だとしたらもったいない姿を見逃した。きっととても可愛らしい表情をしていただろうから……。

「陛下?」
「な、なんだ」

 ミランダのあどけない起床時を想像していたディオンはぎくりとする。彼女は不思議そうに首をかしげる。

「難しいお顔をなされていたので、どうかなされたのかと……あ、もしかして朝は低血圧気味ですか?」
「いや、そういうわけではないが……少々考え事をしていた」
「なるほど。そうでしたのね。邪魔をしてしまって申し訳ありません」
「謝る必要はない。……それより、ミラ。呼び方が間違っているぞ」

 あ、と彼女は小さな唇に掌を当てた。そして困ったように眉を下げてディオンをじっと見つめる。

「ディオン様」
「また間違えたらその都度直させるからな」

 自分でも驚くほど甘ったるい声だった。

「はい。気をつけますわ」

 ミランダはにっこりと微笑むと、また食事を再開した。

「……この後、少し庭を歩かないか」
「まぁ、いいんですの?」
「ああ。あなたさえよければ」

 ミランダはまた笑って、もちろんと承諾してくれた。

 今後彼女との付き合い方はどうするか。

 考えねばならないことは山のようにあったが、今はただ、ミランダとの朝食と、食後の散歩を楽しみたいとディオンは思った。

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