虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
「おはよう」

 ミランダが起こしに来た侍女たちに挨拶すると、彼女たちは一瞬身を硬くし、数秒後に「おはようございます、ミランダ様」と畏まった様子で挨拶を返した。

「ふふ。今日もよろしくね」

 優秀な彼女たちはいつも女主人であるミランダよりも先に挨拶していたのだが、今日はミランダの方から声をかけてみた。自分を意識してもらいたくて。

(子どもっぽいかしら)

 でもコミュニケーションをとるには、茶目っ気も必要だと思う。

「昨日選んでくれたイヤリング、結ってくれた髪によく似合っていたわ。今日もそれでお願いできる?」
「今日のお洋服、どれがいいかしら。あなたはどう思う?」
「あら、素敵ね。じゃあ今日はそれにするわ」

 さりげなく褒めながら、ミランダは侍女たちに問いかけ、彼女たちの言葉に耳を傾けた。彼女たちは最初いつもと違うミランダの様子に少し訝しみ、戸惑いを見せながらも、ミランダの要望に応えた。

「ありがとう」

 無事に身支度を整え終えたミランダが、よく故郷で両親に見せていた笑顔でお礼を述べれば、彼女たちは顔を見合わせたあと、どこか照れたように笑みを浮かべていた。

「――どうしたんだ?」

 朝食の席で、ディオンが堪りかねた様子で訊いてきた。ミランダの口角がいつもより上がっていたことも、ちらちらと視線を注いでいたので気づいたのかもしれない。

「どうした、とは?」
「いや……いつもより、侍女に積極的に話しかけていたから」

 一緒の寝室で同衾していたのだから、ディオンも今朝の様子は当然目にしていた。

(何か企んでいる、って思われたかしら)

 だったら念のため誤解は解いておかねばならない。

「わたくし、今まで彼女たちに遠慮していましたの」
「遠慮?」
「はい。やはり異国から嫁いできた人間ですから、初めからぐいぐい距離を詰めてしまっては、いろいろ困惑すると考えて、しおらしくしていましたの」

 実際は好かれていない雰囲気を感じていたので、必要最低限の接触で済ました方がお互いいいだろうと思ってあえて何もしなかった。

 でも、やはりそれではだめなのだ。

「わたくしもこの国の一員になりましたもの。上下関係を完全に崩すことはできませんが、それでも仲良くなりたいとは思っております」
「……なるほど」

 ディオンの相槌にミランダはにっこり笑う。彼はその笑顔をしばし見つめたあと、ふいと視線を逸らす。

「だが、彼女たちよりもまずは俺と……」
「え?」

 コホンと彼は咳払いする。何か気分を害してしまっただろうか。

(いつもはきはきとおっしゃるのに今はぼそぼそ呟いて聞こえなかったもの)

 そう思ってミランダはもう一度言ってくれることを期待したが、ディオンは目を逸らして「そろそろ俺も執務室へ行く。あなたはまだゆっくりしていくといい」と言って、足早に去ってしまった。

(朝の散歩、ご一緒したかったわ)

 そこでふと気づく。
 今までずっとディオンに誘われることを待っていたが、別に自分から誘ってもいいではないか。たとえ断れてしまっても、まだ行動に移せてもいない。

(うん。明日は思い切って誘ってみよう!)

 何だかジュスティーヌの離宮に通っていた頃を思い出し、ミランダはくすりと笑った。

 振り向いてほしくて追いかけることには慣れているのだ。

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