虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
王宮の一室。日当たりの良い部屋には、丸テーブルや大きなソファがいくつも置かれ、グランディエ王家の紋章が施されたティーセットが用意されていた。
「今日はお集まりいただいてありがとう」
ミランダは年の近い既婚者たちを招いて、親睦を深めようとしていた。
「こちらこそ、王妃殿下にお招きいただき、光栄ですわ」
「私もです。楽しみにしておりましたわ」
ふふ……とみな笑みを浮かべて歓迎しているように見えるが、ミランダがどんな人間か警戒しているのを感じた。ここから信頼を得て、関係を築いていかなければならないと思うと、正直面倒だなと思う。でも、この面倒さを疎かにしてはいけない。
(まどろっこしいけれど、結局こうした地道な触れ合いが一番仲を深めるのよね)
そう思い、ミランダはちらりと椅子に座らず、気配を消すように控えている侍女の一人に視線を向ける。まるでミランダの声が聞こえたように侍女は――女装したロジェはこちらを見て、微かに頷いた。
自分は確かに今孤立した立場かもしれない。だが、決して一人ではない。今までいろいろと面倒事を共にしてきたロジェがいる。
彼が言ってくれたように今の状況を大人しく受け入れているのは非常に自分らしくない。
「わたくしはまだグランディエ国に来たばかりですので、こちらの国についていろいろと教えてくださると嬉しいですわ。――美味しいお茶とお菓子と一緒に」
微笑と共に告げられたミランダの言葉を合図に、ロジェがカップに茶を注いでいく。他の侍女たちも彼に倣い、招待された客人たちをもてなし始める。
「グランディエ産の紅茶は、香りがいいのですね。甘みがあって……でも、後味がすっきりしている」
「これはグランディエ国の北部にある、高い山の麓で育てられたものなんです」
他にも地域によって微妙に味が違うと教えられ、ミランダは興味を持った。
「他のもぜひ飲んでみたいわ。みなさんのお勧めは何かしら? よかったら教えてくださる?」
みなそれぞれ自分の好みがあるようで、どれもミランダは真剣に耳を傾け、ぜひ飲んでみたいと述べた。
「東の国には緑色のお茶もあるの? 苦そうね……でも甘いものと合わせて飲んだら、案外合うかもしれないわね……実に興味深いわ。教えてくださってありがとう」
今度機会あれば、手に入れてみよう。
「王女殿下がそこまでお茶に興味があるなんて、知りませんでしたわ」
「実を言いますと、今まで興味はありませんでしたの。でもこちらへ嫁いできて、自分の国で飲んでいたものと違うことに気づきましたわ。国が違うのですから当然ですが、何だかとても新鮮に感じられて……もっといろいろと味わいたくなってみましたの」
最後は少し恥ずかしそうに、でも幼い少女のように微笑んでミランダは本音を打ち明けた。
その姿に招かれた女性たちはしばし目を奪われる。
「……なんだか、噂に聞いていた方と違いますのね」
ぽつりと呟かれた言葉は思いのほか大きく響き、他の者たちの視線も一斉に集めてしまう。発言者である女性は――くりっとした黒目にヴェーブのかかった栗色の髪をした、子リスのような印象を抱かせる彼女は、慌てた様子で弁解する。
「あっ、いえ! 決して悪い意味ではなく、その、もっと怖い……いえ、冷たい、じゃなくて、高貴な人だと思っていたので……ええっと、良い意味で親しみ溢れた方なのかなと思いまして……」
嘘がつけない性格なのか、ミランダが今までどう思われていたのか実によく伝えてくれる。
「あの、ごめんなさい。失礼なことを言ってしまって」
「ふふ、構いませんわ。ええ。わたくし、こう見えても一応王女でしたから、やはりいろいろとそれらしく振る舞う必要がありましたの。それがもしかすると、皆さんに誤解を与えてしまったかもしれませんね」
はっきりと肯定はしないが、悪女だと思われていても仕方がない。
ミランダが遠回しにやんわりとそう告げれば、みな驚き、困惑した様子で顔を見合わせた。
「ですから、わたくしが本当はどんな人間なのか、みなさんに少しずつ知っていただければと思っております。もちろん、みなさんのこともわたくしに教えてくださいな」
ミランダはにっこりと笑ってそう締めくくった。
「では、ミランダ様。ぜひとも教えていただきたいことがありますわ」
いち早く動揺から立ち直った夫人の一人が、どこか挑むような眼差しでこちらを見てくる。王妃殿下と呼ばれていたなかで、いきなり名前呼びされたことも偶然ではない気がした。
(うーん。何だか嫌な予感)
しかし発言するなとは当然言えず、「あら、何かしら?」と澄ました顔で促す。
「ミランダ様とディオン様の仲が不仲だという噂は本当なのでしょうか」
「フォンテーヌ夫人!」
あからさまな質問に他の夫人たちが慌てる。しかしフォンテーヌ夫人は落ち着いた態度、余裕ぶった表情で首を傾げた。
「あら、みなさんだって気になるでしょう? それに、私はあくまでも噂だと思っておりますわ。だってディオン様はとてもお優しくて、女性に対しても気遣いを見せる方ですもの。私が結婚する前も、よくダンスを踊ってくださったわ。一時は結婚の話も出ていましたの。あら、いけない。私ったらつい口が滑ってしまいましたわ」
そう言ってちらりとミランダを見る。
(うわぁ……)
もう自慢したくて仕方がない。あなたの旦那とは以前から仲が良くて、あなたよりずっと私の方が好意を持たれていましたのよ、アピールにミランダは内心ぞわぞわする。
気づかれぬようロジェに肩を小突かれたのは、顔まで引き攣っていたからかもしれない。
慌てて表情を引き締め、ミランダは他の夫人たちの顔色を密かに窺う。
この状況を面白がるように傍観する女性もいたが、何人かは王妃相手にその質問はまずいのではなくて? という顔をしたり、ミランダのようにドン引きした表情を晒す女性もいたので、何だか安心する。いや、安心している場合ではない。
「ええっと……陛下は確かにすごくお優しいですものね。未婚のご令嬢とあれば、ことさら気を遣って対応なさるでしょう」
ただ紳士として当然の振る舞いをしただけで、夫人個人に思い入れがあったわけではない。
(ただのあなたの思い込み、勘違いではなくて?)
と、やんわりと返してみたが、フォンテーヌ夫人には全く通じていないようで、依然としてこちらが上だと余裕の表情である。
「わ、私も初めて舞踏会に参加した際は、一緒に踊ってもらいましたわ」
「私もです。というか、そういう決まりで……」
険悪な雰囲気を作るまいと、ミランダに同調するように言葉を発した夫人たちは、フォンテーヌ夫人に鋭く睨まれ、さっと目を逸らしたのち、俯いて口を閉ざしてしまう。
これではどちらが悪女かわからないわねとミランダは呆れる。
「とにかく。あんなにお優しい陛下がミランダ様のことをお嫌いになって、夫婦生活も上手くいっていないというのは、私、とても心配していますの。もしよかったら私がミランダ様の代わりに――」
「どうするんだ?」
そう訊いたのは、ミランダではない。女装したロジェでもない。
「へ、陛下!」
ここにいるはずのないディオンであった。
「今日はお集まりいただいてありがとう」
ミランダは年の近い既婚者たちを招いて、親睦を深めようとしていた。
「こちらこそ、王妃殿下にお招きいただき、光栄ですわ」
「私もです。楽しみにしておりましたわ」
ふふ……とみな笑みを浮かべて歓迎しているように見えるが、ミランダがどんな人間か警戒しているのを感じた。ここから信頼を得て、関係を築いていかなければならないと思うと、正直面倒だなと思う。でも、この面倒さを疎かにしてはいけない。
(まどろっこしいけれど、結局こうした地道な触れ合いが一番仲を深めるのよね)
そう思い、ミランダはちらりと椅子に座らず、気配を消すように控えている侍女の一人に視線を向ける。まるでミランダの声が聞こえたように侍女は――女装したロジェはこちらを見て、微かに頷いた。
自分は確かに今孤立した立場かもしれない。だが、決して一人ではない。今までいろいろと面倒事を共にしてきたロジェがいる。
彼が言ってくれたように今の状況を大人しく受け入れているのは非常に自分らしくない。
「わたくしはまだグランディエ国に来たばかりですので、こちらの国についていろいろと教えてくださると嬉しいですわ。――美味しいお茶とお菓子と一緒に」
微笑と共に告げられたミランダの言葉を合図に、ロジェがカップに茶を注いでいく。他の侍女たちも彼に倣い、招待された客人たちをもてなし始める。
「グランディエ産の紅茶は、香りがいいのですね。甘みがあって……でも、後味がすっきりしている」
「これはグランディエ国の北部にある、高い山の麓で育てられたものなんです」
他にも地域によって微妙に味が違うと教えられ、ミランダは興味を持った。
「他のもぜひ飲んでみたいわ。みなさんのお勧めは何かしら? よかったら教えてくださる?」
みなそれぞれ自分の好みがあるようで、どれもミランダは真剣に耳を傾け、ぜひ飲んでみたいと述べた。
「東の国には緑色のお茶もあるの? 苦そうね……でも甘いものと合わせて飲んだら、案外合うかもしれないわね……実に興味深いわ。教えてくださってありがとう」
今度機会あれば、手に入れてみよう。
「王女殿下がそこまでお茶に興味があるなんて、知りませんでしたわ」
「実を言いますと、今まで興味はありませんでしたの。でもこちらへ嫁いできて、自分の国で飲んでいたものと違うことに気づきましたわ。国が違うのですから当然ですが、何だかとても新鮮に感じられて……もっといろいろと味わいたくなってみましたの」
最後は少し恥ずかしそうに、でも幼い少女のように微笑んでミランダは本音を打ち明けた。
その姿に招かれた女性たちはしばし目を奪われる。
「……なんだか、噂に聞いていた方と違いますのね」
ぽつりと呟かれた言葉は思いのほか大きく響き、他の者たちの視線も一斉に集めてしまう。発言者である女性は――くりっとした黒目にヴェーブのかかった栗色の髪をした、子リスのような印象を抱かせる彼女は、慌てた様子で弁解する。
「あっ、いえ! 決して悪い意味ではなく、その、もっと怖い……いえ、冷たい、じゃなくて、高貴な人だと思っていたので……ええっと、良い意味で親しみ溢れた方なのかなと思いまして……」
嘘がつけない性格なのか、ミランダが今までどう思われていたのか実によく伝えてくれる。
「あの、ごめんなさい。失礼なことを言ってしまって」
「ふふ、構いませんわ。ええ。わたくし、こう見えても一応王女でしたから、やはりいろいろとそれらしく振る舞う必要がありましたの。それがもしかすると、皆さんに誤解を与えてしまったかもしれませんね」
はっきりと肯定はしないが、悪女だと思われていても仕方がない。
ミランダが遠回しにやんわりとそう告げれば、みな驚き、困惑した様子で顔を見合わせた。
「ですから、わたくしが本当はどんな人間なのか、みなさんに少しずつ知っていただければと思っております。もちろん、みなさんのこともわたくしに教えてくださいな」
ミランダはにっこりと笑ってそう締めくくった。
「では、ミランダ様。ぜひとも教えていただきたいことがありますわ」
いち早く動揺から立ち直った夫人の一人が、どこか挑むような眼差しでこちらを見てくる。王妃殿下と呼ばれていたなかで、いきなり名前呼びされたことも偶然ではない気がした。
(うーん。何だか嫌な予感)
しかし発言するなとは当然言えず、「あら、何かしら?」と澄ました顔で促す。
「ミランダ様とディオン様の仲が不仲だという噂は本当なのでしょうか」
「フォンテーヌ夫人!」
あからさまな質問に他の夫人たちが慌てる。しかしフォンテーヌ夫人は落ち着いた態度、余裕ぶった表情で首を傾げた。
「あら、みなさんだって気になるでしょう? それに、私はあくまでも噂だと思っておりますわ。だってディオン様はとてもお優しくて、女性に対しても気遣いを見せる方ですもの。私が結婚する前も、よくダンスを踊ってくださったわ。一時は結婚の話も出ていましたの。あら、いけない。私ったらつい口が滑ってしまいましたわ」
そう言ってちらりとミランダを見る。
(うわぁ……)
もう自慢したくて仕方がない。あなたの旦那とは以前から仲が良くて、あなたよりずっと私の方が好意を持たれていましたのよ、アピールにミランダは内心ぞわぞわする。
気づかれぬようロジェに肩を小突かれたのは、顔まで引き攣っていたからかもしれない。
慌てて表情を引き締め、ミランダは他の夫人たちの顔色を密かに窺う。
この状況を面白がるように傍観する女性もいたが、何人かは王妃相手にその質問はまずいのではなくて? という顔をしたり、ミランダのようにドン引きした表情を晒す女性もいたので、何だか安心する。いや、安心している場合ではない。
「ええっと……陛下は確かにすごくお優しいですものね。未婚のご令嬢とあれば、ことさら気を遣って対応なさるでしょう」
ただ紳士として当然の振る舞いをしただけで、夫人個人に思い入れがあったわけではない。
(ただのあなたの思い込み、勘違いではなくて?)
と、やんわりと返してみたが、フォンテーヌ夫人には全く通じていないようで、依然としてこちらが上だと余裕の表情である。
「わ、私も初めて舞踏会に参加した際は、一緒に踊ってもらいましたわ」
「私もです。というか、そういう決まりで……」
険悪な雰囲気を作るまいと、ミランダに同調するように言葉を発した夫人たちは、フォンテーヌ夫人に鋭く睨まれ、さっと目を逸らしたのち、俯いて口を閉ざしてしまう。
これではどちらが悪女かわからないわねとミランダは呆れる。
「とにかく。あんなにお優しい陛下がミランダ様のことをお嫌いになって、夫婦生活も上手くいっていないというのは、私、とても心配していますの。もしよかったら私がミランダ様の代わりに――」
「どうするんだ?」
そう訊いたのは、ミランダではない。女装したロジェでもない。
「へ、陛下!」
ここにいるはずのないディオンであった。