虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
「……あれは優秀だな」

 国王でもあるディオンの命令より、ミランダの意思を何より尊重した。仕える者としては正しいかもしれないが、どこか苦々しくも聞こえる彼の呟きに、ひょっとすると気分を害したかもしれないとミランダは不安に思った。

「少し頑固なところがあるのですが、真面目に仕えてくれていますわ」

 他意はない、とミランダは伝えたつもりだが、なぜかディオンはじっとミランダの方を見つめてくる。そう、まるで何かが不満で、物言いたげな目で……。

(前もこんなふうに見られたことがあったような)

「……まだ侍女として働き始めたばかりだというのに、ずいぶんと、彼女の人となりについて詳しいのだな」
「えっ」

 ぎくりとして、まずいと目を泳がせた。

(そうよね。ロジェは今女性で、たしか侯爵夫人の姪という設定で潜り込んだって言っていたわ)

 あまりにも親しくしていては逆に不自然だ。

「えっと、その……彼女いろいろと気がついて、母方の親戚がわたくしの故郷と同じで、つい懐かしくなってしまって、話が弾んでしまったのです」
「なるほど……。だが朝の支度の時には見かけなかったな」

(それはそうよ)

 完璧に女装しているが、男である。寝起きの姿や身支度など手伝わせるわけにはいかない。……ロジェ自身は気にしないかもしれないが。

「夜遅くまで話に付き合ってもらうことがあるので、朝は他の侍女に任せているようですわ」
「ふぅん……」

 ディオンはまだ納得しきれていない様子でミランダの顔を窺う。

 彼女は冷や汗をかきながら、何とか話題を自然に変えようと頭を働かせる。

「それより、よくロ……ロゼが朝の支度時にいないとわかりましたね」

 危なかった。女装している時のロジェの名前はロゼだった。

「あ、ああ……。彼女は容姿が美しいから、いないと目立つ」
「……もしや陛下は、彼女のようなタイプが好みで?」

 ひょっとすると惚れてしまった? と思ったミランダの問いかけにディオンは息を呑んだ。目も見開いた次の瞬間、「何を言っているんだ!」と大きな声で言った。

「確かに彼女は美人かもしれないが、俺はあなたの方が好みだ。というか、あなたの方が美しいと個人的には思っている」

 この言葉に今度はミランダの方が驚く。

「わ、わたしの方がですか?」

 ディオンはしまった、と自分の発言に焦った表情をしたが、ミランダの冗談だろう? という顔を見て、本当だと力強く肯定した。

「彼女とあなたが一緒に並んでいても、俺の目にはあなたしか映らない」
「ええっと……それはまた……」

(こういう時、なんて言えばいいのかしら)

 真正面から褒められて、しかも至極真面目な顔で言われて、ミランダは面食らった気分だった。

「あ、ありがとうございます。……わたしも、陛下の顔は嫌いではありませんわ」
「それは本当か?」

 なぜか距離をグッと詰められ、ミランダはディオンに見下ろされていた。

「は、はい。凛々しくて、男らしくて、どきどきしてしまいます」

 嘘ではない。今も、している。たぶん、異性に迫られているドキドキとはまた別の感情もあって。

「……嫌いではなく、好きだと言ってほしい」

 顎を掬われ、強制的に彼の顔を見上げることとなった。
 金色の瞳は気のせいか、どこか熱を帯びたように見える。

「す、好きです……」
「俺の顔が?」
「はい。陛下のお顔が……」
「陛下ではなく、ディオンと呼ぶよう約束したはずだ」

 また間違えたと、彼は親指でミランダの柔らかな唇をそっと押した。

(な、なぜ急にこんな甘々展開になっているの!?)

「ディオン、様……」
「そうだ」

 ようやく満足した様子でディオンは解放してくれた。ミランダは胸を撫で下ろし、胸のあたりを押さえながら、彼の方をちらりと見る。

「あの、へい……ディオン様。今日のお茶会でのことなんですけれど」

 また陛下と呼びそうになってディオンが眉間に皺を寄せたので、ミランダは素早く言い直して彼がここへ訪れた目的を自分なりに解釈する。

「ああ、俺もそのことについて話そうと思っていた」

 とりあえず座って話そうと促され、二人はソファに並んで腰を下ろした。

 微妙に近い距離間にミランダは違和感を覚えるものの、口には出さず、頭を下げた。

「あのようなことになってしまい、申し訳ありませんでした」
「どうしてあなたが謝るんだ。むしろフォンテーヌ夫人の言葉に傷つけられた方じゃないか。……そもそも、俺のあなたに対する態度が悪かったのが、発端だ」
「いえ、それは……」

 ディオンの言う通りなので、ミランダは口ごもってしまう。彼と本当の夫婦になれていれば、フォンテーヌ夫人が自分にもまだ機会があるなどという勘違いをすることもなかっただろう。……たとえ本当の夫婦になっていても、夫人の性格では勘違いしたままだったかもしれないが。

(わたしも心のどこかで安堵してしまって、今の状況のままでいいと思っていたし……)

 落ち込んでいる表情のディオンを見ると、ミランダは責める気にはなれなかった。

「気にしないでください、ディオン様。あの時、あなたはわたしを庇ってくれましたし、とっさに仲の良い夫婦を演じようと、頑張ってくれたじゃありませんか」
「演じた?」
「ええ。わたしのことを愛称で呼んだり、あ、愛しているとおっしゃってくれて……そのおかげでフォンテーヌ夫人の誤解も解けましたから」

 ショックで倒れてしまったけれど。

「……俺は演技しているつもりはなかったんだが」
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