虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
「え?」
目を丸くするミランダから顔を逸らし、膝の上で組んでいた手を握りしめながらディオンは緊張した面持ちでもう一度言う。
「あの時、無理をしてあんなことを言ったわけじゃない。自然と、口から出ていた。愛しているという言葉も……」
「それは……」
「俺は、あなたと夫婦になりたいと思っている」
ディオンはミランダの方に向き直ると、目を見つめながらはっきりと告げた。
「あなたがここへ来たばかりの態度、その後の振る舞いも、決して褒められたものではなかった。すまなかった」
頭を下げられ、ミランダは慌てる。
「顔を上げてください! ディオン様のせいではありません!」
「だが……」
「以前も言いましたが、あなたはこの国を統べる方です。わたしがどういう人間か、疑うのも無理はありません」
「しかし、疑っていても、そうとは知られず接することもできただろう」
「それはそうかもしれませんが……それはそれで辛いものがありますから、嫌いならば嫌いだという態度をとられた方がわたしはわかりやすくて好きです」
にこにこしている顔で内心罵られているのは怖い。
「……あなたは変わっている」
「ふふ。よく言われます」
ミランダが笑えば、ディオンがその頬に触れた。
「ディオン様?」
「ミラ……あなたは先ほど、夫人たちの前で振る舞ったのは全て演技だと言ったな? それは、あなたもなのか?」
ディオンの問いかける声や表情が切なそうで、ミランダは応えるのを躊躇ってしまう。
だがその態度が答えを告げているようなもので、ディオンは「そうか……」と暗い眼差しになった。
「あの、ごめんなさい」
何だかとても申し訳ない気持ちになり、謝ってしまう。
「国王夫妻の不仲は、国の将来的にもよくないでしょう? ディオン様もそう思って、嫌いなわたしにも――」
「あなたのことは嫌いではない」
落ち込んでいるかと思えば素早く指摘され、ミランダは言い直す。
「まだどういった人間か知らないわたしにも、すでに良好な夫婦関係が築けていると、夫人たちにアピールしていると思ったのです」
「そうだったのか……ミラは、俺のことを愛しているから、ああ言ったわけじゃないんだな」
やけにその台詞にこだわる彼にミランダは落ち着かない気持ちになる。
「えっと、愛していないわけではありません」
じっと眼差しだけでどういうことか問われ、なぜか頬が熱くなってくる。
「自分で言うのもあれですが、わたしははっきりした性格なんです。苦手で嫌いな相手にあんな態度をとれるほど、行儀の良い人間ではありません。だからえっと……わたしも、あなたのことが嫌いではないということです」
途中から何やらとても恥ずかしいことを言っている気がして、ミランダは珍しく目元をうっすらと染めて、やや小声になりながら早口に述べた。そんなミランダをディオンは凝視している。
「ミラ……」
「わたしも、ディオン様と夫婦になりたいと今は思っております!」
(よし、言えた!)
恥ずかしい話はこれでお終いだと顔を上げたミランダは、ふわりと温もりに包まれる。
ディオンに抱き寄せられたのだった。硬直するミランダにディオンが耳元で囁く。
「その言葉は、嘘ではないな」
声が出ないので黙ったまま頷けば、さらに抱擁は強まり、吐息が首筋に当たる。
「よかった……。では、今日から俺とあなたは本当の夫婦として歩いて行こう」
抱擁を緩め、真っ赤になったミランダの顔に微笑みかけながらディオンはそう言った。
「今夜は、俺が来るのを待っていてくれるか?」
夜。恐らく寝室で彼の訪れを待つ意味。本当の夫婦になりたいという言葉。彼が望むことは、一つしかなかった。
(て、展開が早すぎる!)
いや、むしろ夫婦となったからには遅すぎたのか?
一周回ってそんなことを考えてしまったミランダは大いに混乱していた。
ここまでディオンがぐいぐい距離を詰めてくるとは想像していなかったのだ。
(もっと冷遇されると思っていたのに)
いや、もともと姉の婚約者に……と考えていたので、善良な人間だとは信じていたが。
「ミラ?」
「あ、はい……お待ちして、います」
後半は顔を直視できずに俯きながら返事してしまう。
それでもディオンは嬉しそうだった。
「よかった。……では、名残惜しいが一度失礼する」
「あっ、お待ちください!」
離れようとしたディオンに思わず抱きつく格好で引き留めてしまう。
「どうした? 離れがたいのは俺も一緒だが――」
「ち、違います! あ、いえ、そういう気持ちもありますけれど」
違うと否定した途端悲しげな表情をされるので、ミランダは慌てて言い直す。何だか非常にやりにくい。
「えっとですね……わたし、まだあなたに話せていないことがあるのです。姉のこととか、他にも……ですから、正直にお話したいのです」
「それはぜひ聞かせてほしいが……急にどうしてまた? 無理はしていないか?」
ミランダの事情を慮るディオンに、彼女は申し訳ない気持ちになった。
「大丈夫です。本当は、話してもわたしがしてしまったことは変わらないから、今後の態度で変えていくしかないと思っておりました。……でも、ディオン様が本当の夫婦になりたいとおっしゃってくれたので、やはり話しておくべきだと思ったのです」
理解されるかどうか、どんな感情を抱くか、不安だった。
でも話してもいないのに、どうせわかってもらえないとか、不安に思うのは、自分の都合であり、自分勝手だとミランダは反省した。
「あなたは……真面目だな」
「そうでしょうか?」
真面目ならばもっと早くに打ち明けていただろう。
「いろいろ悩んでいたのも、俺や周囲のことを考えていたからじゃないのか?」
「そんな大げさですよ。……それで、いろいろ話したいと思っているのですが、今からは……難しいでしょうか」
「いや、そういうことならば――」
その時部屋の外が何やら騒がしいことに気づいた。
「陛下! 魔女に騙されてはなりませんぞ!」
バンッと扉を開けて乱入してきたのは鬼の形相をしたクレソン公爵であった。
そして後ろには珍しく渋面したロジェもいた。
目を丸くするミランダから顔を逸らし、膝の上で組んでいた手を握りしめながらディオンは緊張した面持ちでもう一度言う。
「あの時、無理をしてあんなことを言ったわけじゃない。自然と、口から出ていた。愛しているという言葉も……」
「それは……」
「俺は、あなたと夫婦になりたいと思っている」
ディオンはミランダの方に向き直ると、目を見つめながらはっきりと告げた。
「あなたがここへ来たばかりの態度、その後の振る舞いも、決して褒められたものではなかった。すまなかった」
頭を下げられ、ミランダは慌てる。
「顔を上げてください! ディオン様のせいではありません!」
「だが……」
「以前も言いましたが、あなたはこの国を統べる方です。わたしがどういう人間か、疑うのも無理はありません」
「しかし、疑っていても、そうとは知られず接することもできただろう」
「それはそうかもしれませんが……それはそれで辛いものがありますから、嫌いならば嫌いだという態度をとられた方がわたしはわかりやすくて好きです」
にこにこしている顔で内心罵られているのは怖い。
「……あなたは変わっている」
「ふふ。よく言われます」
ミランダが笑えば、ディオンがその頬に触れた。
「ディオン様?」
「ミラ……あなたは先ほど、夫人たちの前で振る舞ったのは全て演技だと言ったな? それは、あなたもなのか?」
ディオンの問いかける声や表情が切なそうで、ミランダは応えるのを躊躇ってしまう。
だがその態度が答えを告げているようなもので、ディオンは「そうか……」と暗い眼差しになった。
「あの、ごめんなさい」
何だかとても申し訳ない気持ちになり、謝ってしまう。
「国王夫妻の不仲は、国の将来的にもよくないでしょう? ディオン様もそう思って、嫌いなわたしにも――」
「あなたのことは嫌いではない」
落ち込んでいるかと思えば素早く指摘され、ミランダは言い直す。
「まだどういった人間か知らないわたしにも、すでに良好な夫婦関係が築けていると、夫人たちにアピールしていると思ったのです」
「そうだったのか……ミラは、俺のことを愛しているから、ああ言ったわけじゃないんだな」
やけにその台詞にこだわる彼にミランダは落ち着かない気持ちになる。
「えっと、愛していないわけではありません」
じっと眼差しだけでどういうことか問われ、なぜか頬が熱くなってくる。
「自分で言うのもあれですが、わたしははっきりした性格なんです。苦手で嫌いな相手にあんな態度をとれるほど、行儀の良い人間ではありません。だからえっと……わたしも、あなたのことが嫌いではないということです」
途中から何やらとても恥ずかしいことを言っている気がして、ミランダは珍しく目元をうっすらと染めて、やや小声になりながら早口に述べた。そんなミランダをディオンは凝視している。
「ミラ……」
「わたしも、ディオン様と夫婦になりたいと今は思っております!」
(よし、言えた!)
恥ずかしい話はこれでお終いだと顔を上げたミランダは、ふわりと温もりに包まれる。
ディオンに抱き寄せられたのだった。硬直するミランダにディオンが耳元で囁く。
「その言葉は、嘘ではないな」
声が出ないので黙ったまま頷けば、さらに抱擁は強まり、吐息が首筋に当たる。
「よかった……。では、今日から俺とあなたは本当の夫婦として歩いて行こう」
抱擁を緩め、真っ赤になったミランダの顔に微笑みかけながらディオンはそう言った。
「今夜は、俺が来るのを待っていてくれるか?」
夜。恐らく寝室で彼の訪れを待つ意味。本当の夫婦になりたいという言葉。彼が望むことは、一つしかなかった。
(て、展開が早すぎる!)
いや、むしろ夫婦となったからには遅すぎたのか?
一周回ってそんなことを考えてしまったミランダは大いに混乱していた。
ここまでディオンがぐいぐい距離を詰めてくるとは想像していなかったのだ。
(もっと冷遇されると思っていたのに)
いや、もともと姉の婚約者に……と考えていたので、善良な人間だとは信じていたが。
「ミラ?」
「あ、はい……お待ちして、います」
後半は顔を直視できずに俯きながら返事してしまう。
それでもディオンは嬉しそうだった。
「よかった。……では、名残惜しいが一度失礼する」
「あっ、お待ちください!」
離れようとしたディオンに思わず抱きつく格好で引き留めてしまう。
「どうした? 離れがたいのは俺も一緒だが――」
「ち、違います! あ、いえ、そういう気持ちもありますけれど」
違うと否定した途端悲しげな表情をされるので、ミランダは慌てて言い直す。何だか非常にやりにくい。
「えっとですね……わたし、まだあなたに話せていないことがあるのです。姉のこととか、他にも……ですから、正直にお話したいのです」
「それはぜひ聞かせてほしいが……急にどうしてまた? 無理はしていないか?」
ミランダの事情を慮るディオンに、彼女は申し訳ない気持ちになった。
「大丈夫です。本当は、話してもわたしがしてしまったことは変わらないから、今後の態度で変えていくしかないと思っておりました。……でも、ディオン様が本当の夫婦になりたいとおっしゃってくれたので、やはり話しておくべきだと思ったのです」
理解されるかどうか、どんな感情を抱くか、不安だった。
でも話してもいないのに、どうせわかってもらえないとか、不安に思うのは、自分の都合であり、自分勝手だとミランダは反省した。
「あなたは……真面目だな」
「そうでしょうか?」
真面目ならばもっと早くに打ち明けていただろう。
「いろいろ悩んでいたのも、俺や周囲のことを考えていたからじゃないのか?」
「そんな大げさですよ。……それで、いろいろ話したいと思っているのですが、今からは……難しいでしょうか」
「いや、そういうことならば――」
その時部屋の外が何やら騒がしいことに気づいた。
「陛下! 魔女に騙されてはなりませんぞ!」
バンッと扉を開けて乱入してきたのは鬼の形相をしたクレソン公爵であった。
そして後ろには珍しく渋面したロジェもいた。