虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
「ミランダ様、申し訳ございません。お止めようとしたのですが、この方、想像以上に馬鹿力でして」
「何を言うか! そなたの方こそ女かと思うほどの怪力で、私が陛下をお助けしようとするのを邪魔していたではないか!」
「当然です。ミランダ様は陛下とお二人で話すことを望まれたのです。それを臣下である私たちが邪魔する道理がどこにあるというのです」
「うぐっ、淡々と正論を述べよって……」
地団太でも踏みそうな悔しげな顔をしていたクレソン公爵は、縋るようにディオンを振り返って叫んだ。
「陛下! 侍女の態度からもわかるようにやはりその女は王妃に相応しく、ひっ」
突然喉元にナイフを押し当てられ、クレソン公爵は息を呑む。
「訂正しろ、爺。さもなくばおまえの喉元を今この場で掻っ切って――」
「やめなさい、ロジェ」
何の躊躇いもなく公爵の息の根を止めようとするロジェを、ミランダは止めた。
「しかし、姫様」
「いいから、やめなさい」
渋々といった様子でロジェがナイフを引っ込めると、クレソン公爵は腰が抜けたようでその場にへなへなと崩れ落ちた。突然二重人格のようにガラリと人格が変わったロジェに殺されかけたのだ。そうなるのも無理はない。
(今でもキレると昔の人格が出ちゃうのよね……)
普段は丁寧な口調で物静かな印象を纏っているため、余計に怖く感じるだろう。
「ごめんなさい、クレソン卿」
クレソン公爵は言葉も出てこないほど衝撃を受けたのか、ミランダとロジェの交互を呆然とした顔を見上げている。
「今のはおまえも悪いぞ、クレソン」
「へ、陛下」
腰の抜けたクレソン公爵に手を貸しながらも、ディオンの顔は怒っていた。
「彼女が王妃に相応しくないなど、おまえに言ってほしくなかった」
「そ、そんな、陛下。私は陛下のためを思って……」
「おまえが心配するのはわかる。だが、過去の出来事とミランダを重ねるのは、ミランダに対して失礼だ。やめてくれ」
「陛下……」
「それに俺は、王妃であるミランダと共にこの国を治めていきたいと思っている。おまえが俺のことを思う臣下ならば、どうか理解して支えてほしい」
国王の口から真摯にそう頼まれたのが一番の止めとなったのか、がっくりとクレソン公爵は肩を落とし、消え入るような小さな声で「陛下の仰せのままに」と呟いた。
ディオンは公爵の肩を何度か軽く叩くと、立ち上がり、ミランダたちの方へ向き直った。
「すまなかった、ミラ」
「いえ、いいのです。聞かなかったことにしますわ」
こちらこそ危うく国の重鎮に手をかけそうになったのだから、ここはお相子ということで見逃してもらおう。
「ありがとう。それで、彼は一体何者なんだ」
彼、と言ったあたり、ロジェが女ではないことに気づいたようだ。
(まぁ、思いきりドスの利いた声で脅していたものね……)
もともとロジェのことも打ち明けるつもりだったので、ミランダは人払いをして、ロジェと公爵を含めた四人になると、口を開いた。
「身内の恥を晒すようでお恥ずかしい限りですが、わたしの姉、ジュスティーヌはわたしの母に冷遇されておりました」
ミランダは両親と異母姉の関係、ジュスティーヌを継母の手から逃れさせるためにディオンの国へ嫁がせようと考えたこと、しかし直前になって破綻してしまったことなど、洗いざらい白状した。
わざと傲慢に振る舞って嫌がらせのつもりで姉にいろいろ援助していたのは恥ずかしかったので、あまり詳しくは述べなかったが、今まで言えなかったことは全て打ち明けることができた。
「なんと、まぁ……」
話を聞く前まで主君に叱られてしょんぼり縮こまっていたクレソン公爵がまずそう言った。驚き、少し呆れたような、複雑そうな表情は彼の心情をよく伝えてくれる。
ディオンは何を考えているか読めない表情で問いかけた。
「あなたは、どうして俺を姉君の婚約相手に推薦したんだ?」
「それは陛下ならば姉を幸せにしてくれると思ったからです」
「だが俺は……」
「こちらでも陛下のことを調べたのです。あなた方がいろいろとお調べになったようにね」
口を挟んだロジェに、ディオンは黙って視線を向ける。クレソン公爵の方は胡乱な眼差しでじろじろと立っているロジェを見ていた。
「そうじろじろとご覧になられると恥ずかしいです、クレソン卿」
「男とわかった今では、その態度がとんでもなく気色悪く感じられるな……」
「その男に、そちらの何名かは陥落されているようでしたが?」
そんなので大丈夫かとロジェが爽やかな笑みで伝えるので、ミランダは怒りを煽るなと肘鉄を食らわせた。
「……ずいぶん、仲が良いのだな」
二人のやり取りをじっと目にしていたディオンがぽつりと呟く。
なぜか責められているような気がして、また誤解されていると思ったミランダが違うと言おうとしたが――
「そりゃあ、陛下よりずっと長い付き合いですから」
「ロジェ」
「あなたよりも私の方が、ずっとずーっと姫様のことを知っていますよ」
「ロジェ!」
なぜそんな煽るようなことを言うのだ。
「そうか俺よりずっと……」
(ディオン様もショック受けているし!)
「陛下! しっかりなさってください!」
そんな彼をクレソン公爵が必死に慰めている。
「あの! 誤解しないください。ロジェとは主従関係に過ぎません。本当は、向こうにずっと居てもらう予定で置いてきたのですが、まさか侍女として紛れ込んでいるとは知らずに……わたしも驚きました」
「あなたも知らなかったのか?」
「ええ。ですからとても驚きました。お母様とお姉様のこと、今でも心配なのだけれど……」
つい恨み言をぶつけるように呟いてしまう。ロジェはまたその話かと肩を竦める。
「以前も言いましたが、お二人とも大丈夫ですよ。私はもともと姫様の護衛も兼ねていますし、姉君についていてほしいとカミーユ様の頼みもあったからこちらへ来たのです」
「では女装などせずに普通に参上すればよかったではないか」
クレソン公爵の指摘はもっともだ。
「それだとつまらない……いえ、誤解を与えてしまうでしょう? 私は男ですし、美しいですから」
「自分で美しいと言うやつは腹立つものだが、きみが言うと妙に説得力があるな」
全く、とクレソン公爵も呆れながらディオンに同意した。ミランダは恥ずかしくて俯いてしまう。
「しかし、カミーユ殿が……」
未来の国王の名前をディオンは神妙な顔で口にする。
「殿下にはもし機会があれば、陛下にもよろしく伝えてくれるよう頼まれました。『くれぐれも僕の大事な姉君を傷つけ、悲しませるようなことはしないでくれ』と」
「あの子、そんなこと言ったの?」
初めて聞く内容にミランダは顔を上げて驚く。
「はい。『姉君はジュスティーヌ姉様や家族のことには熱心だけど、自分のことは二の次な面があるから、周りが気にかけないとダメなんだ』と心配なさっていました」
「自分のことは二の次……」
ディオンが何か心当たりがあるような顔をするが、ミランダは気づかず、カミーユのくせに生意気なこと言って……とくすぐったいような、微笑ましい気持ちになった。
「その話を聞く限り……家族思いの方に思えますね」
クレソン公爵がそう言うと、ロジェは頷きながら真剣な口調で述べた。
「我が主はあなた方が疑うような人間ではない。私の命に誓います」
「ロジェ……」
二人とも考え込むように黙り込んでしまった。
「何を言うか! そなたの方こそ女かと思うほどの怪力で、私が陛下をお助けしようとするのを邪魔していたではないか!」
「当然です。ミランダ様は陛下とお二人で話すことを望まれたのです。それを臣下である私たちが邪魔する道理がどこにあるというのです」
「うぐっ、淡々と正論を述べよって……」
地団太でも踏みそうな悔しげな顔をしていたクレソン公爵は、縋るようにディオンを振り返って叫んだ。
「陛下! 侍女の態度からもわかるようにやはりその女は王妃に相応しく、ひっ」
突然喉元にナイフを押し当てられ、クレソン公爵は息を呑む。
「訂正しろ、爺。さもなくばおまえの喉元を今この場で掻っ切って――」
「やめなさい、ロジェ」
何の躊躇いもなく公爵の息の根を止めようとするロジェを、ミランダは止めた。
「しかし、姫様」
「いいから、やめなさい」
渋々といった様子でロジェがナイフを引っ込めると、クレソン公爵は腰が抜けたようでその場にへなへなと崩れ落ちた。突然二重人格のようにガラリと人格が変わったロジェに殺されかけたのだ。そうなるのも無理はない。
(今でもキレると昔の人格が出ちゃうのよね……)
普段は丁寧な口調で物静かな印象を纏っているため、余計に怖く感じるだろう。
「ごめんなさい、クレソン卿」
クレソン公爵は言葉も出てこないほど衝撃を受けたのか、ミランダとロジェの交互を呆然とした顔を見上げている。
「今のはおまえも悪いぞ、クレソン」
「へ、陛下」
腰の抜けたクレソン公爵に手を貸しながらも、ディオンの顔は怒っていた。
「彼女が王妃に相応しくないなど、おまえに言ってほしくなかった」
「そ、そんな、陛下。私は陛下のためを思って……」
「おまえが心配するのはわかる。だが、過去の出来事とミランダを重ねるのは、ミランダに対して失礼だ。やめてくれ」
「陛下……」
「それに俺は、王妃であるミランダと共にこの国を治めていきたいと思っている。おまえが俺のことを思う臣下ならば、どうか理解して支えてほしい」
国王の口から真摯にそう頼まれたのが一番の止めとなったのか、がっくりとクレソン公爵は肩を落とし、消え入るような小さな声で「陛下の仰せのままに」と呟いた。
ディオンは公爵の肩を何度か軽く叩くと、立ち上がり、ミランダたちの方へ向き直った。
「すまなかった、ミラ」
「いえ、いいのです。聞かなかったことにしますわ」
こちらこそ危うく国の重鎮に手をかけそうになったのだから、ここはお相子ということで見逃してもらおう。
「ありがとう。それで、彼は一体何者なんだ」
彼、と言ったあたり、ロジェが女ではないことに気づいたようだ。
(まぁ、思いきりドスの利いた声で脅していたものね……)
もともとロジェのことも打ち明けるつもりだったので、ミランダは人払いをして、ロジェと公爵を含めた四人になると、口を開いた。
「身内の恥を晒すようでお恥ずかしい限りですが、わたしの姉、ジュスティーヌはわたしの母に冷遇されておりました」
ミランダは両親と異母姉の関係、ジュスティーヌを継母の手から逃れさせるためにディオンの国へ嫁がせようと考えたこと、しかし直前になって破綻してしまったことなど、洗いざらい白状した。
わざと傲慢に振る舞って嫌がらせのつもりで姉にいろいろ援助していたのは恥ずかしかったので、あまり詳しくは述べなかったが、今まで言えなかったことは全て打ち明けることができた。
「なんと、まぁ……」
話を聞く前まで主君に叱られてしょんぼり縮こまっていたクレソン公爵がまずそう言った。驚き、少し呆れたような、複雑そうな表情は彼の心情をよく伝えてくれる。
ディオンは何を考えているか読めない表情で問いかけた。
「あなたは、どうして俺を姉君の婚約相手に推薦したんだ?」
「それは陛下ならば姉を幸せにしてくれると思ったからです」
「だが俺は……」
「こちらでも陛下のことを調べたのです。あなた方がいろいろとお調べになったようにね」
口を挟んだロジェに、ディオンは黙って視線を向ける。クレソン公爵の方は胡乱な眼差しでじろじろと立っているロジェを見ていた。
「そうじろじろとご覧になられると恥ずかしいです、クレソン卿」
「男とわかった今では、その態度がとんでもなく気色悪く感じられるな……」
「その男に、そちらの何名かは陥落されているようでしたが?」
そんなので大丈夫かとロジェが爽やかな笑みで伝えるので、ミランダは怒りを煽るなと肘鉄を食らわせた。
「……ずいぶん、仲が良いのだな」
二人のやり取りをじっと目にしていたディオンがぽつりと呟く。
なぜか責められているような気がして、また誤解されていると思ったミランダが違うと言おうとしたが――
「そりゃあ、陛下よりずっと長い付き合いですから」
「ロジェ」
「あなたよりも私の方が、ずっとずーっと姫様のことを知っていますよ」
「ロジェ!」
なぜそんな煽るようなことを言うのだ。
「そうか俺よりずっと……」
(ディオン様もショック受けているし!)
「陛下! しっかりなさってください!」
そんな彼をクレソン公爵が必死に慰めている。
「あの! 誤解しないください。ロジェとは主従関係に過ぎません。本当は、向こうにずっと居てもらう予定で置いてきたのですが、まさか侍女として紛れ込んでいるとは知らずに……わたしも驚きました」
「あなたも知らなかったのか?」
「ええ。ですからとても驚きました。お母様とお姉様のこと、今でも心配なのだけれど……」
つい恨み言をぶつけるように呟いてしまう。ロジェはまたその話かと肩を竦める。
「以前も言いましたが、お二人とも大丈夫ですよ。私はもともと姫様の護衛も兼ねていますし、姉君についていてほしいとカミーユ様の頼みもあったからこちらへ来たのです」
「では女装などせずに普通に参上すればよかったではないか」
クレソン公爵の指摘はもっともだ。
「それだとつまらない……いえ、誤解を与えてしまうでしょう? 私は男ですし、美しいですから」
「自分で美しいと言うやつは腹立つものだが、きみが言うと妙に説得力があるな」
全く、とクレソン公爵も呆れながらディオンに同意した。ミランダは恥ずかしくて俯いてしまう。
「しかし、カミーユ殿が……」
未来の国王の名前をディオンは神妙な顔で口にする。
「殿下にはもし機会があれば、陛下にもよろしく伝えてくれるよう頼まれました。『くれぐれも僕の大事な姉君を傷つけ、悲しませるようなことはしないでくれ』と」
「あの子、そんなこと言ったの?」
初めて聞く内容にミランダは顔を上げて驚く。
「はい。『姉君はジュスティーヌ姉様や家族のことには熱心だけど、自分のことは二の次な面があるから、周りが気にかけないとダメなんだ』と心配なさっていました」
「自分のことは二の次……」
ディオンが何か心当たりがあるような顔をするが、ミランダは気づかず、カミーユのくせに生意気なこと言って……とくすぐったいような、微笑ましい気持ちになった。
「その話を聞く限り……家族思いの方に思えますね」
クレソン公爵がそう言うと、ロジェは頷きながら真剣な口調で述べた。
「我が主はあなた方が疑うような人間ではない。私の命に誓います」
「ロジェ……」
二人とも考え込むように黙り込んでしまった。