虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
 弟のカミーユが生まれたばかりの頃。ミランダは両親や侍女の愛情を一気に奪われて腹を立てていた。待望の王太子が生まれたのだから喜ぶのはわかる。だがミランダはまだ子どもで、それまで「ミラは国一番、いや世界で一番可愛い!」とデレデレになって自分を甘やかしていた父が今度は弟に同じことを言うのは納得できない感情を芽生えさせた。

 だから乳母や侍女の目を掻い潜って逃げ出した。いきなりいなくなって、みんなを困らせてやろうと思ったのだ。そうすれば、また以前のように自分を可愛がってくれると思って。

(そういえば離宮に行ってはいけないと言われていたような……)

 理由はわからない。ただいつも朗らかに微笑む母の機嫌がかなり悪くなったので、子供心にそれ以上尋ねてはいけないことを悟った。

(ちょうどいいわ。そこに行きましょう)

 行くなと言われた場所へ行く。悪いことをしてやろうとミランダは離宮を訪れた。しかし――

(なに。ここ……)

 幽霊屋敷? と思うほど離宮は荒れ果てていた。庭の草は生え放題で、木々ももっさりと生い茂っている。噴水の水は覗くと濁っており、ミランダは顔を顰めながらやっぱり帰ろうかと思い始めた。

「だれ?」

 消えそうな声にミランダは振り返り、目を瞠った。

(え、天使さま?)

 そう思うほど目の前の少女は美しかった。プラチナブロンドと呼ばれる髪色は神秘的で、冬の空を思わせる青い瞳は大きく、長い睫毛に縁どられている。まるで以前乳母に呼んでもらった絵物語に出てくるお姫様そのものだった。

(でもなんだか……)

 天使さまはずいぶんと痩せており、ドレスもどこかみすぼらしかった。

(せっかく綺麗な容姿をしているのに)

 もったいない、と思ったミランダだったが、「姫様!」という言葉に我に返る。

 もう居場所が見つかってしまったのか、思ったが、声は屋敷の方から聞こえ、乳母と思われる女性は真っ先に天使へと駆け寄った。

「勝手に屋敷を出て行かれてはいけません!」
「ごめんなさい、ばあや。でも……」

 天使の瞳がミランダに向けられる。ばあやと呼ばれた女性もミランダを見るとはっとした様子で顔をこわばらせた。その表情に一瞬嫌悪のような負の感情が浮かんだことを、ミランダは見逃さなかった。

「ミランダ様……」

 彼女はミランダのことを姫様、と呼ばなかった。つまり先ほどの王女殿下とは天使のことを指しているのだ。
 ミランダは自分と同じ「姫様」をじっと見つめた。

「ねぇ、この子はだれ?」

 ばあやは天使とミランダの顔を見比べ、どう答えていいか迷うように視線を落とした。ミランダはもう一度訊いた。今度は天使に向かって。

「あなたは誰?」
「私は……」

 自分に腹違いの姉がいることをミランダは生まれて初めて知ったのだった。
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