虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
「姫様。勝手なことを申しまして、怒っていますか?」
ロジェと二人になると、どこかしおらしい態度で彼はそう訊いてきた。
「別に怒っていないわ。あなたが時々わたしのことで暴走するのは今までもあったことだし……でも、クレソン卿への振る舞いは、今後気をつけてね」
本当ならばもっと大事になってもおかしくなかったのだが、国王であるディオンがとりなしてくれたおかげか、公爵自身も騒ぎ立てることはなかった。
「善処します」
「あなたの善処はいまいち信用ないのだけれど……それより、もういろいろとばれてしまったのだから、女装する必要はないんじゃない?」
「お二人からは特に何も言われませんでしたので、今しばらくこの格好でいろいろ探ろうかと思っていまして」
二人とも続けるとは思っていなかったのでは? とミランダは思ったが、ロジェが探ろうとしていることが気になった。
「まだ何か問題が起きているの?」
「いえ。ですが、ほら、今後姫様と陛下の仲が良い方向へ変わると、第二第三のフォンテーヌ夫人が現れるかもしれないでしょう?」
ミランダはテーブルの上に視線をやり、どうかしらねと内心独り言つ。
「今後、どうなるかしら」
ディオンはロジェが男性だとわかっても、こうして部屋で二人きりにさせた。その状態を許したのは、自分に愛想が尽きたからではないかとミランダは考えてしまう。クレソン公爵と二人で改めて自分たちの処遇を決めているのではないか、とも。
「もし陛下が姫様を無造作に扱うようでしたら、遠慮せず国を出ればいいのです」
さらりと言ってのけたロジェにミランダは思わず笑ってしまう。
「メナール国へ戻るの?」
「すぐには戻らずに、この国や他の国を豪遊するのもいいと思います。私もお供しますよ」
「まぁ、それは頼もしい」
もし離縁されることになっても、自分には楽しいことが待っている。そう思うと、ミランダは心が軽くなった。
(ありがとね、ロジェ)
「そして姫様。お渡しするのが遅くなりましたが、ジュスティーヌ様からお手紙を預かっております」
「えっ、お姉様から!?」
それを早く言ってよ、とミランダはロジェの手からひったくるように白い封筒を奪う。
封を切る手が震えてしまう。なんて書いてあるのだろう。ミランダは緊張しながら甘い香りの漂う手紙に目を通していく。
『ミランダへ。結婚生活はいかがお過ごしでしょうか。新しい環境での生活はとても大変だと思います。私もそのことを実感しています。遠い異国の地での結婚生活は、またさらに苦労があることでしょう。でも、強くて優しいミランダならば、きっとグランディエ国とメナール国を繋ぐ架け橋になってくれると私は信じています。オラースに愛されて幸せを感じている今だからこそ気づいたのですが、あなたは様々なことを考えて、私のことを気遣ってくれていたのですね。そうとも知らず、自分のことばかり考えて不幸に酔いしれていた自分が恥ずかしい限りです』
「お姉様に話したの?」
ミランダはついロジェを非難するような目で問い詰めてしまう。ジュスティーヌには知られたくなかったからだ。
「ジュスティーヌ様自身が以前から疑問を抱いていたようで、私はただ質問に答えただけです。続きを読んでみてください」
『あなたはもしかするとロジェを疑うかもしれませんが、どうか彼を責めないでくださいね。私が、問い詰めてしまって、白状させたのですから』
(お姉様が? 信じられない)
『オラースに愛されているという実感が持てたからこそ、私も前を向く勇気が湧いてきたのです。それまでの私は、恥ずかしいことですが、何をするにも億劫になっていて、周囲のことに気を配る余裕がありませんでした』
姉の境遇を踏まえれば当然だ。
『あなたは実の母親である王妃殿下と私のことで板挟みになり、さぞ気を揉んだことでしょう。私は何も知らず、のうのうと生きていた。誰かに助けてほしいと甘えたことを願って、自分からは何もしようとせず……そんな自分が本当に恥ずかしく思います』
(そんなこと思わなくていいのに)
ミランダは別にジュスティーヌに感謝されたくて我儘な妹を演じていたわけではない。半分血の繋がった、大事な家族である姉に幸せに暮らしてほしいと思ったから、だから悪女でも何でもなってやろうと思ったのだ。
『あなたがずっと陰ながら支えてくれたから、私は今とても幸せなのだと気づきました。今度は私があなたを支えたい。それはグランディエ国へ嫁いでしまった今では、難しいかもしれません。ですからこの言葉を贈ります。どうかもう私のことは心配しないで。私はオラースと共に前を向いて歩いて行きます。もしかするとあなたのお義母様とぶつかることがあるかもしれませんが、もう泣いて逃げたりしません。きちんと立ち向かって、喧嘩します』
(お姉様が喧嘩……大丈夫かしら……)
『私は一人ではありません。愛する夫、オラースがいて、あなたが私に仕えるよう命じた、頼もしい使用人たちがたくさんいますからね。ですから何とかなると思います』
どうやら使用人の件もばれてしまっているらしい。何だか恥ずかしい……。
『長々と書いてしまってごめんなさい。とにかく私はもう大丈夫ですから、ミランダはミランダ自身の幸せを追い求めてほしいのです。あなたが私のことを姉と慕ってくれたように、私もあなたをただ一人の妹として、愛おしく思っていますから。ミランダ、私の可愛い妹。あなたの幸せを遠くからでもずっと願っています。また、手紙を送りますね。ジュスティーヌ』
(お姉様……)
姉が幸せに暮らしていることを知り、ミランダは目に涙を浮かべた。可愛い妹、という言葉に胸が苦しい。
「ミラ?」
顔を上げると、目を丸くしてこちらを凝視するディオンの姿があった。
「どうした。何があった。ロジェ。おまえが泣かせたのか」
どうやらディオンはミランダが悲しくて泣いていると勘違いしたようで、さらに元凶はロジェであると思いこんで、彼を鋭い眼光で睨みつけた。
「あ、違うのです、ディオン様。これは、お姉様からの手紙を読んでいて……」
「お姉様?」
「はい。ジュスティーヌ姉様は、今とても幸せだそうで、わたしの幸せも願ってくれて、可愛い妹とまでおっしゃってくれて、わたし、とても嬉しくて……」
涙を流しながらも微笑むミランダにディオンは困惑していた様子だったが、ぎこちない手つきで涙を拭おうと手を伸ばし、頬に触れた。
ミランダはディオンの温もりさえ嬉しく思えて、頬を押し当て、さらにくしゃりと笑った。
ロジェと二人になると、どこかしおらしい態度で彼はそう訊いてきた。
「別に怒っていないわ。あなたが時々わたしのことで暴走するのは今までもあったことだし……でも、クレソン卿への振る舞いは、今後気をつけてね」
本当ならばもっと大事になってもおかしくなかったのだが、国王であるディオンがとりなしてくれたおかげか、公爵自身も騒ぎ立てることはなかった。
「善処します」
「あなたの善処はいまいち信用ないのだけれど……それより、もういろいろとばれてしまったのだから、女装する必要はないんじゃない?」
「お二人からは特に何も言われませんでしたので、今しばらくこの格好でいろいろ探ろうかと思っていまして」
二人とも続けるとは思っていなかったのでは? とミランダは思ったが、ロジェが探ろうとしていることが気になった。
「まだ何か問題が起きているの?」
「いえ。ですが、ほら、今後姫様と陛下の仲が良い方向へ変わると、第二第三のフォンテーヌ夫人が現れるかもしれないでしょう?」
ミランダはテーブルの上に視線をやり、どうかしらねと内心独り言つ。
「今後、どうなるかしら」
ディオンはロジェが男性だとわかっても、こうして部屋で二人きりにさせた。その状態を許したのは、自分に愛想が尽きたからではないかとミランダは考えてしまう。クレソン公爵と二人で改めて自分たちの処遇を決めているのではないか、とも。
「もし陛下が姫様を無造作に扱うようでしたら、遠慮せず国を出ればいいのです」
さらりと言ってのけたロジェにミランダは思わず笑ってしまう。
「メナール国へ戻るの?」
「すぐには戻らずに、この国や他の国を豪遊するのもいいと思います。私もお供しますよ」
「まぁ、それは頼もしい」
もし離縁されることになっても、自分には楽しいことが待っている。そう思うと、ミランダは心が軽くなった。
(ありがとね、ロジェ)
「そして姫様。お渡しするのが遅くなりましたが、ジュスティーヌ様からお手紙を預かっております」
「えっ、お姉様から!?」
それを早く言ってよ、とミランダはロジェの手からひったくるように白い封筒を奪う。
封を切る手が震えてしまう。なんて書いてあるのだろう。ミランダは緊張しながら甘い香りの漂う手紙に目を通していく。
『ミランダへ。結婚生活はいかがお過ごしでしょうか。新しい環境での生活はとても大変だと思います。私もそのことを実感しています。遠い異国の地での結婚生活は、またさらに苦労があることでしょう。でも、強くて優しいミランダならば、きっとグランディエ国とメナール国を繋ぐ架け橋になってくれると私は信じています。オラースに愛されて幸せを感じている今だからこそ気づいたのですが、あなたは様々なことを考えて、私のことを気遣ってくれていたのですね。そうとも知らず、自分のことばかり考えて不幸に酔いしれていた自分が恥ずかしい限りです』
「お姉様に話したの?」
ミランダはついロジェを非難するような目で問い詰めてしまう。ジュスティーヌには知られたくなかったからだ。
「ジュスティーヌ様自身が以前から疑問を抱いていたようで、私はただ質問に答えただけです。続きを読んでみてください」
『あなたはもしかするとロジェを疑うかもしれませんが、どうか彼を責めないでくださいね。私が、問い詰めてしまって、白状させたのですから』
(お姉様が? 信じられない)
『オラースに愛されているという実感が持てたからこそ、私も前を向く勇気が湧いてきたのです。それまでの私は、恥ずかしいことですが、何をするにも億劫になっていて、周囲のことに気を配る余裕がありませんでした』
姉の境遇を踏まえれば当然だ。
『あなたは実の母親である王妃殿下と私のことで板挟みになり、さぞ気を揉んだことでしょう。私は何も知らず、のうのうと生きていた。誰かに助けてほしいと甘えたことを願って、自分からは何もしようとせず……そんな自分が本当に恥ずかしく思います』
(そんなこと思わなくていいのに)
ミランダは別にジュスティーヌに感謝されたくて我儘な妹を演じていたわけではない。半分血の繋がった、大事な家族である姉に幸せに暮らしてほしいと思ったから、だから悪女でも何でもなってやろうと思ったのだ。
『あなたがずっと陰ながら支えてくれたから、私は今とても幸せなのだと気づきました。今度は私があなたを支えたい。それはグランディエ国へ嫁いでしまった今では、難しいかもしれません。ですからこの言葉を贈ります。どうかもう私のことは心配しないで。私はオラースと共に前を向いて歩いて行きます。もしかするとあなたのお義母様とぶつかることがあるかもしれませんが、もう泣いて逃げたりしません。きちんと立ち向かって、喧嘩します』
(お姉様が喧嘩……大丈夫かしら……)
『私は一人ではありません。愛する夫、オラースがいて、あなたが私に仕えるよう命じた、頼もしい使用人たちがたくさんいますからね。ですから何とかなると思います』
どうやら使用人の件もばれてしまっているらしい。何だか恥ずかしい……。
『長々と書いてしまってごめんなさい。とにかく私はもう大丈夫ですから、ミランダはミランダ自身の幸せを追い求めてほしいのです。あなたが私のことを姉と慕ってくれたように、私もあなたをただ一人の妹として、愛おしく思っていますから。ミランダ、私の可愛い妹。あなたの幸せを遠くからでもずっと願っています。また、手紙を送りますね。ジュスティーヌ』
(お姉様……)
姉が幸せに暮らしていることを知り、ミランダは目に涙を浮かべた。可愛い妹、という言葉に胸が苦しい。
「ミラ?」
顔を上げると、目を丸くしてこちらを凝視するディオンの姿があった。
「どうした。何があった。ロジェ。おまえが泣かせたのか」
どうやらディオンはミランダが悲しくて泣いていると勘違いしたようで、さらに元凶はロジェであると思いこんで、彼を鋭い眼光で睨みつけた。
「あ、違うのです、ディオン様。これは、お姉様からの手紙を読んでいて……」
「お姉様?」
「はい。ジュスティーヌ姉様は、今とても幸せだそうで、わたしの幸せも願ってくれて、可愛い妹とまでおっしゃってくれて、わたし、とても嬉しくて……」
涙を流しながらも微笑むミランダにディオンは困惑していた様子だったが、ぎこちない手つきで涙を拭おうと手を伸ばし、頬に触れた。
ミランダはディオンの温もりさえ嬉しく思えて、頬を押し当て、さらにくしゃりと笑った。