虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
第六章 悪女は愛する国王陛下を守りたい
 一日中出歩いていたのでまず湯浴みと着替えをしたいとミランダが言ったので、ディオンも汗を流して着替えを済ませることにした。その前に――

「ヤニック、アルノー。いいか」

 執務室に入り、ディオンは背後に控えている二人に話しかけた。

 予めディオンに訊かれることを想定していたのか、ヤニックが落ち着いた口調で切り出す。

「お二人の様子を密かに見ている者がおり、後を追いかけたのですが、人混みに紛れて取り逃がしてしまいました。申し訳ありません」
「そうか……」
「ぱっと見た感じでは男性のようでしたが……高位貴族の手の者でしょうか」

 アルノーが慎重な口調で容疑者を挙げる。

「ええ。恐らく、フォンテーヌ夫人と同じ、陛下とミランダ様の関係を壊したいと思う人間の仕業でしょうね」
「やはりその可能性が大きい、ん?」

 今の声はヤニックでもアルノーでもない。もちろん自分でも。では誰が――

 ディオンが振り向くと、ぎょっとした様子で身を仰け反らせているヤニックとアルノーの姿が目に入り、その二人の間にお仕着せ姿のロジェが堂々と立っていた。

「おまえ、いつの間に……」

 全く気づかなかったとヤニックが頬を引き攣らせている。

「私、気配を殺すのが得意なんです。それより先ほどの話の続きですが――」
「いや、続けるんかい」
「きみは見たところ男のようだが、なぜ女性の格好を?」

 国王の側近として滅多なことでは動揺しないヤニックとアルノーも、我が道を行くロジェの態度に困惑しており、ディオンは額に手を当ててため息をついた。

「ロジェ。おまえの正体について二人に話してもいいだろうか。そうでないと恐らく納得してくれないだろう」
「おや、意外です。陛下のことですから、とっくに明かしていると思っておりました」
「……それはどういう意味だ?」

 微かに眉間に皺を寄せて尋ねるディオンにロジェは妖艶に微笑む。女装しているだけに美しいが、ディオンはなぜか喧嘩を売られている気分になる。

「他意はございません。ただ、そうですね。あなたが当初姫様を疑っていたような感情で、当然私のことも警戒している、とばかり思っていたのです」
「おまえのことはともかく、ミラのことは今では心から信じているが」
「ええ、承知しております。まるで手のひらを返したかのような溺愛ぶりに、呆れて……いえ、心底驚いておりますから」
「……」
「……」

 ディオンはにこやかな笑みを浮かべているが、よく見ると頬は引き攣っている。ロジェもふふふ……と笑顔を貼り付けているが、すぐにでも獲物を狩るような殺気……刺々しい雰囲気を隠しもしない。

 無言でいがみ合う二人の様子にヤニックとアルノーは互いに顔を見合わせた。

「あー……今ので何となくわかりました。つまりそこの女装している男性は王妃殿下のお知り合いの方で、彼女の護衛をしているわけですね」
「なぜ侍女をしているかは……孤立していた王妃殿下に寄り添うため、といったところでしょうか?」
「ええ。おおむねそういったところです」

 ロジェがヤニックの方を振り返ったことで一触即発な雰囲気が解かれ、ディオンも目を閉じて自分を落ち着かせるように深く息を吐いていた。側近二人はほっと胸を撫で下ろし、ヤニックが率先して話題を本題に戻す。

「ええっと、それでは、フォンテーヌ夫人のような方がいるとして、また何か仕掛けてくる危険があるわけで……しばらくは陛下と王妃殿下の護衛の数を増やし、気を付けねばなりませんね」
「いや、俺よりもミラの方が危ないと思う。それとできれば、あまり大事にはしたくない」
「そう言われましても……」

 護衛のヤニックたちからすれば、難しい注文なのだろう。ディオンもそれはわかっているが――

「私も陛下の意向に賛成です。ようやくこちらへ嫁いできて緊張が解けてきたというのに、また余計なことでお心を悩ませてしまってはお可哀想ですから」
「……ああ、彼の言う通りだ。それにミラのことだから、自分を責めたり、あるいは問題を早く解決しようと自分を危険に晒すことも厭わないだろう」
「右に同じです」

 先ほどまでミランダのことで険悪な雰囲気になっていたというのに、今は彼女のことで息ぴったりである。

 仲が良いんだか悪いんだか……と半ば呆れている側近二人の心中は知らず、ディオンとロジェはミランダには内緒で、厳戒態勢で挑むことに決めた。
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