虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
幼いミランダには、先妻とか、後妻とか、二人の妻を娶った父の気持ちを深く理解する情緒はまだ育っていなかった。育っていたら、たぶんジュスティーヌのいる離宮へ通うことはしなかっただろう。
そう。ミランダは自分にもう一人姉がいると知り、暇を見つけては会いに行った。ジュスティーヌは綺麗で優しかったから。両親は弟にかかりきりで、自分のことは乳母に任せきりだったから。
だから周囲の目を上手く盗んでは、ジュスティーヌのいる離宮へ足を運んだ。途中から乳母にばれて、もう会ってはいけないと厳しく言われたが、王女という身分を理由に我儘を突き通した。おまえさえお母様たちに話さなければ済むことだと脅して。
「ミランダ。もうここに来てはいけないわ」
「嫌よ。お姉さまともっとお話したいもの」
ミランダの異母姉――ジュスティーヌは困った顔をしつつ、ミランダを追い返すことはしなかった。
「ね、お姉さま。この焼き菓子、すっごく美味しいの。お姉さまも食べて!」
「いいの?」
「うん! はやく!」
「……本当だわ。すごく美味しい」
姉が小さな唇に手を当てて驚くさまを、ミランダは無邪気に喜んだ。
姉の喜ぶ姿を見るのが好きだ。でも姉はいつもどこか寂しそうな顔をして、時々痛みに耐えうるような辛い表情をする。それを見るとミランダの心もきゅうっと苦しくなる。
(どうしたらもっと喜んでくれるかしら)
そう思って部屋の中を見渡す。
(よく見たらお姉さまのお部屋、とっても寒々しいわ)
壁紙が剥がれ落ち、窓ガラスが割れて隙間風が吹く部屋もある。床が軋む箇所もあった。
(わたしと同じ王女なのにどうしてこうも違うのかしら……)
そうだ! とミランダは名案を思いつく。
「お姉さまもわたしたちと一緒に住めばいいんだわ!」
だがこの一言はジュスティーヌだけでなく、そばにいた乳母たちも凍りつかせた。
「姫様。それはなりません」
「どうして? お姉さまはわたしの姉さま、家族じゃない」
むしろ今まで離れて暮らしていたのがおかしいのだ。
「ね、大丈夫! きっとお父さまたちも、いいよって言ってくれるはずだわ!」
だが大丈夫ではなかった。
むしろミランダの母は娘が先妻の娘に会いに行っていたことを知ると激怒した。彼女にとって、ジュスティーヌは嫉妬や憎しみを滾らせる存在だったのだ。たとえ、夫である国王に深く愛されていたとしても、かつて彼が愛した女の影を感じさせる子どもを愛せるはずがなかった。
「もう二度とジュスティーヌと会ってはいけません」
「そんなお母さま!」
怒っても、泣き喚いても、母は動じなかった。
「おまえたちも何をしていたのです」
そう言ってミランダの我儘を許した乳母も厳しく罰した。彼女たちは何も悪くないとミランダは庇ったが、母は「だとしたら、これからは自分の言動に責任を持ちなさい」と撤回することはしなかった。
ミランダは生まれて初めて自分の立場の重さを知った。
自分の言動一つで、仕える者たちの運命は簡単に左右されるのだ。
(これからは、気をつけなくちゃ)
そう。もうジュスティーヌに会うことはやめて――
(会わないかたちで、お姉さまを気にかけよう!)
ミランダにジュスティーヌと関わらない、という選択肢はなかった。
そう。ミランダは自分にもう一人姉がいると知り、暇を見つけては会いに行った。ジュスティーヌは綺麗で優しかったから。両親は弟にかかりきりで、自分のことは乳母に任せきりだったから。
だから周囲の目を上手く盗んでは、ジュスティーヌのいる離宮へ足を運んだ。途中から乳母にばれて、もう会ってはいけないと厳しく言われたが、王女という身分を理由に我儘を突き通した。おまえさえお母様たちに話さなければ済むことだと脅して。
「ミランダ。もうここに来てはいけないわ」
「嫌よ。お姉さまともっとお話したいもの」
ミランダの異母姉――ジュスティーヌは困った顔をしつつ、ミランダを追い返すことはしなかった。
「ね、お姉さま。この焼き菓子、すっごく美味しいの。お姉さまも食べて!」
「いいの?」
「うん! はやく!」
「……本当だわ。すごく美味しい」
姉が小さな唇に手を当てて驚くさまを、ミランダは無邪気に喜んだ。
姉の喜ぶ姿を見るのが好きだ。でも姉はいつもどこか寂しそうな顔をして、時々痛みに耐えうるような辛い表情をする。それを見るとミランダの心もきゅうっと苦しくなる。
(どうしたらもっと喜んでくれるかしら)
そう思って部屋の中を見渡す。
(よく見たらお姉さまのお部屋、とっても寒々しいわ)
壁紙が剥がれ落ち、窓ガラスが割れて隙間風が吹く部屋もある。床が軋む箇所もあった。
(わたしと同じ王女なのにどうしてこうも違うのかしら……)
そうだ! とミランダは名案を思いつく。
「お姉さまもわたしたちと一緒に住めばいいんだわ!」
だがこの一言はジュスティーヌだけでなく、そばにいた乳母たちも凍りつかせた。
「姫様。それはなりません」
「どうして? お姉さまはわたしの姉さま、家族じゃない」
むしろ今まで離れて暮らしていたのがおかしいのだ。
「ね、大丈夫! きっとお父さまたちも、いいよって言ってくれるはずだわ!」
だが大丈夫ではなかった。
むしろミランダの母は娘が先妻の娘に会いに行っていたことを知ると激怒した。彼女にとって、ジュスティーヌは嫉妬や憎しみを滾らせる存在だったのだ。たとえ、夫である国王に深く愛されていたとしても、かつて彼が愛した女の影を感じさせる子どもを愛せるはずがなかった。
「もう二度とジュスティーヌと会ってはいけません」
「そんなお母さま!」
怒っても、泣き喚いても、母は動じなかった。
「おまえたちも何をしていたのです」
そう言ってミランダの我儘を許した乳母も厳しく罰した。彼女たちは何も悪くないとミランダは庇ったが、母は「だとしたら、これからは自分の言動に責任を持ちなさい」と撤回することはしなかった。
ミランダは生まれて初めて自分の立場の重さを知った。
自分の言動一つで、仕える者たちの運命は簡単に左右されるのだ。
(これからは、気をつけなくちゃ)
そう。もうジュスティーヌに会うことはやめて――
(会わないかたちで、お姉さまを気にかけよう!)
ミランダにジュスティーヌと関わらない、という選択肢はなかった。