虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
 ディオンはロジェに絶対にミランダに悟られぬよう気を付けてほしいと言われたあと、彼女と共に夕食をとっていた。

 料理を運んでくる給仕たちの目を気にしてか、ミランダも帰り際のことは口にせず、楽しかったことだけを話題にした。内心は恐怖で怯えているのかもしれないのに微塵もそんな様子は見せない。そんな健気な彼女の様子を見ているうちに、不意にディオンは胸の痛みを覚えた。

「ディオン様? どうかなされましたか?」
「いや、何でもない。ただ、胸がこう甘く締めつけられて……」
「え、やはり何か大病の前兆では……」
「料理の味が美味しくて感激していた」

 とっさにそう言い訳すれば、ミランダは目を丸くしたのち、ふふっと笑った。その顔を見てまたディオンは胸を押さえる。

「ディオン様にそこまで感激してもらえて、料理人たちもさぞ喜ぶでしょうね」

 ね? とミランダが同意を求めるように給仕たちを見れば、彼らはどこか感激した様子でディオンを見ており、ミランダの問いかけに何度も頷いた。

 誤魔化すためのとっさの言い訳が思いのほか彼らに大きく響いたことで、ディオンは罪悪感を抱くが、美味しいと思って食べていたのは本当なので、間違いではない。

「今日のお昼はいつもと違ったものを食べたから、それで味の変化を感じたのですか?」
「いや、あれもあれで美味しかった」

 外の景色を楽しみながら、片手でも食べることができるお手軽さ。パンに肉と野菜を挟んだだけのシンプルな軽食だが、それゆえ素材本来の良さがストレートに出る。皮ごとりんごを齧る経験も新鮮で、いつもは気にしていない匂いさえ意識して食べていた。

 グランディエ国は水も綺麗で、肥沃な土地が多い。そのことを、ディオンは実感できた気がした。こんなふうに思うのはきっと――

「あなたと一緒に食べたのも、美味しく感じられた要因だ」

 ミランダはまた驚いて、今度は目元をじわりと赤く染めた。

「そ、そうですか。それは、嬉しいです……」

(可愛い……)

 彼女のそういった表情をもっと見てみたいという欲が出てくる。

「もう。見過ぎです」
「ああ、悪い」

 少し恨みがましい目でこちらを睨んでくる表情もディオンはたまらなく好きだ。

(もっといろんな言葉で彼女に好きだと伝えたらどう思うだろうか)

 口下手な方だと自負しているが、自然とミランダ相手ならば語彙が湧いてきて、尽きることなく言える自信があった。

(それは彼女が俺にとって特別な存在だからだ)

 好きで、愛しているからこそ今までの自分では考えられない側面が出てくるのだろう。

 そんなディオンを腑抜けていると嘆かわしく思う者もいるかもしれないが、ディオンは今の自分がそれほど嫌いではなかった。

(魔女に絆された国王も、こんな気持ちだったのろうか……)

 そう思うと、ディオンはほんの少し彼に同情し、以前のように鋭く非難する気持ちが薄れた。

 だが、やはり妻子ある身で他の女性に気持ちを移すことは許されないし、国を傾けてしまうほど溺れるのは同じ為政者として決して許すことはできなかった。

(結局、男の意思の弱さが諸悪の根源かもしれないな)
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