虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
有名な建築家に建てられたというグランディエ国の王立歌劇場は、建築技術に疎いミランダの目には故郷の劇場とあまり変わらぬように見えたが、その道の人間からすればやはり違うのだろう。ディオンに建築家がこだわった点や見所などを教えてもらいながら中へと入った。
(天井までこだわっているのは、わたしの国と同じね)
豪華で圧倒されるという点もまた共通している。
神や天使、英雄などが描かれた絢爛豪華な天井につい視線がいってしまう。
(あれ……)
階段の踊り場に飾られている大きな絵の人物、弓を引いている男性にミランダは目を留める。
「気になるか?」
「はい。他と違って特に目立つように描かれているといいますか……」
「ああ。わざと目立つように描いたのだと思う。当時国王に即位した祖父を称えるために」
なるほど、とミランダは納得した。劇場を建てたのはクーデターが起こった後、ディオンの祖父が即位した後だと考えれば、彼を英雄に見立てた絵を描くのは当然な成行きに思えた。
(ディオンのお爺さまの代から芸術活動に力を入れたということだしね)
「でも弓を引くなんて……少し変わっていますね」
戦闘とあれば剣を連想する。
「……あまり大きな声では言えないが、戦う時に使用したそうだ」
「えっ、弓をですか!?」
「長距離から敵を討つのに祖父自ら矢を放ったそうだ。……剣よりも弓を扱う方が得意だったらしい」
ミランダはもう一度ディランの祖父をモデルにして描かれた絵を眺める。
「ディオン様のお爺様は、こういった方でしたの?」
「少し、かっこよく描きすぎているかもな」
ミランダは彼の方を向いて、笑みを浮かべた。ディオンも穏やかな表情をして、そろそろ行こうかと促す。
まだもう少し鑑賞していたい気持ちもあったが、人の目もあるのでミランダはディオンと共にボックス席に入った。護衛の人間――ヤニックとアルノーも中までついてくるかと思ったが、今日は外で待機するようだ。正直ほっとした。
「やっとあなたと二人きりだな」
ディオンが腰に手を回しながら小声で言うと、ミランダはどきりとした。
「……そうですわね」
「ミラ。なぜ視線を逸らす」
「……外には監視がおりますわ」
あまり羽目は外さないように、と照れ臭さも相まって、ミランダは腰に回された彼の手を軽く抓った。
「照れているのか? 可愛いな」
「いいえ。照れておりません」
前を向いたまま少し強気に答えれば、ディオンが笑ったのがわかる。首筋に吐息がかかった。
「気にしなくていい。ヤニックが言っていたが、こういう場所はいつもより男女の距離が縮まるらしい」
ミランダは純情なディオンにそんなことを教えたヤニックを少々恨めしく思った。
「だから俺たちが少しくらいイチャついていても不自然ではないはずだ」
さらに自分の方に引き寄せようとする力にミランダは胸元を押し返して抗おうとする。
「い、いえ、それでもわたしたちはやはり節度を保っていなければならないと思います。なにせ、国王と王妃です、もの」
「その国王と王妃が仲良くしていることはいいことだろう? みなに知らしめる絶好の機会だろう」
ミランダの抵抗はディオンにとっては全く意味のないものなのか、どこか楽しそうに口元に弧を描いている。
「くっ、それは、もう、十分伝わっていると思います。これ以上度が過ぎれば、鬱陶しがられますわ!」
「いや、まだまだだ。なにせあなたの方が俺に惚れていると思っている人間がいる。真実は逆だというのに」
「いいではありませんか、それで。逆も何も、真実なのですから」
自分もディオンに惚れているのだから。
ミランダが必死に抗いながらそんなことを口走ると、ディオンが驚いたように力を緩めた。やった! とミランダは一瞬喜ぶものの、今までよりもずっと力で引き寄せられてしまい、結局ディオンの腕の中に閉じ込められてしまう。
「ミラ、好きだ。愛している」
「っ……」
ミランダは言葉を失い、そのままディオンの胸に顔を押しつけた。赤くなった自分の顔を見られたくないと思ったからだ。
(ええい。もう好きになさって!)
くすくすとディオンが笑みを零しながら、ミランダのおくれ毛を指で弄ってくる。
(うう……今日はデートなせいか、いつもより甘さ全開だわ)
どうか今の自分たちの姿を誰も見ていないませんように、と祈りながらミランダはそっと舞台の方に目をやって、ふと向かいに当たる……袖に近い客席から視線を感じた。暗かったこともあり、単に見間違いかもしれない。
(でももしかすると、わたしたちの姿、見ていたのかしら……)
だとしたら何て恥ずかしい! とミランダが羞恥に耐えていると、ディオンが指を絡めて握りしめてくる。
「ミラ」
「芝居に集中してください」
「まだ始まっていない。それにあなたの方が集中力に欠いているようだが?」
「誰のせいだと思っているのですか」
ディオンがくすりと笑ったので、絶対に自分のせいだとわかっている。
「謝りたいから、そろそろこちらを向いてくれないか」
「どうしようかしら」
そっぽを向けば、ディオンはならばと顎に手をかける。
想像よりもずっと間近にある琥珀色の瞳がミランダの目に映った。綺麗だと思ってじっと見つめていると、ディオンの親指が唇に触れた。柔らかさを堪能するように押して離すと、今度は彼の顔がゆっくりと近づいてきて――
「――陛下。大変申し訳ございませんが、少しよろしいでしょうか」
扉の向こうで待機しているアルノーの声が聞こえ、二人はぴたりと止まった。
「ああ、構わない。どうした」
ディオンが立ち上がり、扉の方へ向かう。ミランダは顔の熱を冷ますため、少し俯いた。
「実はこの劇場の支配人が、一階の席でご覧になられてはどうかと……」
「俺たちが一階で見れば、注目されるだろう」
アルノーもそれは十分わかっているようで、「ええ、そう言ったのですが……」と弱り切った声を出す。彼に代わり、ヤニックがやや疲れた調子で説明する。
「国王夫妻にご覧いただけるとのことで、演者も含めてかなり気合を入れたので、ぜひに、とのことです。かなり押しが強くて、ひとまず陛下に相談することにしたんです」
「厚意は有り難いが、今日は――」
「そこまでおっしゃるのならば、今日は一階で観ましょう」
熱が引いたところで、ミランダは立ち上がってディオンの隣に並ぶ。
「そんなに熱心に誘ってくださるのを断るのは、気が咎めるわ」
「だが……」
「それにわたし、一階から観たことはありませんの。ですからどんなふうに観えるのか、一度座ってみたいですわ」
この言葉でディオンは席を移動するしかないと思ったようだ。
「わかった。おまえたちは念のため、両隣に居てくれるか」
「はい。ミランダ様のお隣には、ロジェ……ロゼを」
「ええ、お願いね」
こうして密室に近いボックス席から開放的な一階の席に移動することになったのだった。
(天井までこだわっているのは、わたしの国と同じね)
豪華で圧倒されるという点もまた共通している。
神や天使、英雄などが描かれた絢爛豪華な天井につい視線がいってしまう。
(あれ……)
階段の踊り場に飾られている大きな絵の人物、弓を引いている男性にミランダは目を留める。
「気になるか?」
「はい。他と違って特に目立つように描かれているといいますか……」
「ああ。わざと目立つように描いたのだと思う。当時国王に即位した祖父を称えるために」
なるほど、とミランダは納得した。劇場を建てたのはクーデターが起こった後、ディオンの祖父が即位した後だと考えれば、彼を英雄に見立てた絵を描くのは当然な成行きに思えた。
(ディオンのお爺さまの代から芸術活動に力を入れたということだしね)
「でも弓を引くなんて……少し変わっていますね」
戦闘とあれば剣を連想する。
「……あまり大きな声では言えないが、戦う時に使用したそうだ」
「えっ、弓をですか!?」
「長距離から敵を討つのに祖父自ら矢を放ったそうだ。……剣よりも弓を扱う方が得意だったらしい」
ミランダはもう一度ディランの祖父をモデルにして描かれた絵を眺める。
「ディオン様のお爺様は、こういった方でしたの?」
「少し、かっこよく描きすぎているかもな」
ミランダは彼の方を向いて、笑みを浮かべた。ディオンも穏やかな表情をして、そろそろ行こうかと促す。
まだもう少し鑑賞していたい気持ちもあったが、人の目もあるのでミランダはディオンと共にボックス席に入った。護衛の人間――ヤニックとアルノーも中までついてくるかと思ったが、今日は外で待機するようだ。正直ほっとした。
「やっとあなたと二人きりだな」
ディオンが腰に手を回しながら小声で言うと、ミランダはどきりとした。
「……そうですわね」
「ミラ。なぜ視線を逸らす」
「……外には監視がおりますわ」
あまり羽目は外さないように、と照れ臭さも相まって、ミランダは腰に回された彼の手を軽く抓った。
「照れているのか? 可愛いな」
「いいえ。照れておりません」
前を向いたまま少し強気に答えれば、ディオンが笑ったのがわかる。首筋に吐息がかかった。
「気にしなくていい。ヤニックが言っていたが、こういう場所はいつもより男女の距離が縮まるらしい」
ミランダは純情なディオンにそんなことを教えたヤニックを少々恨めしく思った。
「だから俺たちが少しくらいイチャついていても不自然ではないはずだ」
さらに自分の方に引き寄せようとする力にミランダは胸元を押し返して抗おうとする。
「い、いえ、それでもわたしたちはやはり節度を保っていなければならないと思います。なにせ、国王と王妃です、もの」
「その国王と王妃が仲良くしていることはいいことだろう? みなに知らしめる絶好の機会だろう」
ミランダの抵抗はディオンにとっては全く意味のないものなのか、どこか楽しそうに口元に弧を描いている。
「くっ、それは、もう、十分伝わっていると思います。これ以上度が過ぎれば、鬱陶しがられますわ!」
「いや、まだまだだ。なにせあなたの方が俺に惚れていると思っている人間がいる。真実は逆だというのに」
「いいではありませんか、それで。逆も何も、真実なのですから」
自分もディオンに惚れているのだから。
ミランダが必死に抗いながらそんなことを口走ると、ディオンが驚いたように力を緩めた。やった! とミランダは一瞬喜ぶものの、今までよりもずっと力で引き寄せられてしまい、結局ディオンの腕の中に閉じ込められてしまう。
「ミラ、好きだ。愛している」
「っ……」
ミランダは言葉を失い、そのままディオンの胸に顔を押しつけた。赤くなった自分の顔を見られたくないと思ったからだ。
(ええい。もう好きになさって!)
くすくすとディオンが笑みを零しながら、ミランダのおくれ毛を指で弄ってくる。
(うう……今日はデートなせいか、いつもより甘さ全開だわ)
どうか今の自分たちの姿を誰も見ていないませんように、と祈りながらミランダはそっと舞台の方に目をやって、ふと向かいに当たる……袖に近い客席から視線を感じた。暗かったこともあり、単に見間違いかもしれない。
(でももしかすると、わたしたちの姿、見ていたのかしら……)
だとしたら何て恥ずかしい! とミランダが羞恥に耐えていると、ディオンが指を絡めて握りしめてくる。
「ミラ」
「芝居に集中してください」
「まだ始まっていない。それにあなたの方が集中力に欠いているようだが?」
「誰のせいだと思っているのですか」
ディオンがくすりと笑ったので、絶対に自分のせいだとわかっている。
「謝りたいから、そろそろこちらを向いてくれないか」
「どうしようかしら」
そっぽを向けば、ディオンはならばと顎に手をかける。
想像よりもずっと間近にある琥珀色の瞳がミランダの目に映った。綺麗だと思ってじっと見つめていると、ディオンの親指が唇に触れた。柔らかさを堪能するように押して離すと、今度は彼の顔がゆっくりと近づいてきて――
「――陛下。大変申し訳ございませんが、少しよろしいでしょうか」
扉の向こうで待機しているアルノーの声が聞こえ、二人はぴたりと止まった。
「ああ、構わない。どうした」
ディオンが立ち上がり、扉の方へ向かう。ミランダは顔の熱を冷ますため、少し俯いた。
「実はこの劇場の支配人が、一階の席でご覧になられてはどうかと……」
「俺たちが一階で見れば、注目されるだろう」
アルノーもそれは十分わかっているようで、「ええ、そう言ったのですが……」と弱り切った声を出す。彼に代わり、ヤニックがやや疲れた調子で説明する。
「国王夫妻にご覧いただけるとのことで、演者も含めてかなり気合を入れたので、ぜひに、とのことです。かなり押しが強くて、ひとまず陛下に相談することにしたんです」
「厚意は有り難いが、今日は――」
「そこまでおっしゃるのならば、今日は一階で観ましょう」
熱が引いたところで、ミランダは立ち上がってディオンの隣に並ぶ。
「そんなに熱心に誘ってくださるのを断るのは、気が咎めるわ」
「だが……」
「それにわたし、一階から観たことはありませんの。ですからどんなふうに観えるのか、一度座ってみたいですわ」
この言葉でディオンは席を移動するしかないと思ったようだ。
「わかった。おまえたちは念のため、両隣に居てくれるか」
「はい。ミランダ様のお隣には、ロジェ……ロゼを」
「ええ、お願いね」
こうして密室に近いボックス席から開放的な一階の席に移動することになったのだった。