虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
 観客は一瞬演出で鳴った音かと思ったが、一階席の真上にあるシャンデリアが揺れたことで、違うと発覚する。

(え、なに)

 音はもう一度鳴り響き、客席から悲鳴が上がった。

(この音って……)

 振り返ると一階席の後ろ、舞台とは反対方向の出口前に顔を隠すようにフードを被った人の姿が見えた。体格からして恐らく男だろう。彼の手には黒い小型の――グランディエ国やメナール国では所有が禁止されている銃という武器が握られていた。

 もともと海を渡った異国で作られたもので、引き金を引くだけで簡単に人を殺せるゆえ、平和主義を掲げる国々からは嫌悪されていた。しかし遠距離で敵を容易に制圧する利点もあるので、警吏など民を保護する立場にある者は使用許可を与えてもいいのではないかと議論されている。

 今使っている者たちは警吏とは絶対に違う存在であろうが。

(それともこれも演出なの?)

「ご観覧している皆様! どうか落ち着いてください! これは我々の復讐劇なのですから!」

 こんな状況であるのに舞台の仮面男は朗々と台詞を吐き続ける。

(いえ、あの人だけ?)

 相手役のヒロインである女性は訳が分からないといった表情で仮面の男と客席の方を見比べている。

「どうなっているんだ」
「演技なのか?」

 客席も騒めき出す。

「あなた方は我々をただの卑しい盗賊の一味としか認識していないでしょう! ですが我々には悲願がある。かつてもっとも王位に近しい立場にいながら、獰猛な野良犬によって喰い殺され、地の果てまで追いつめられた者たちの汚名を雪ぐという使命が!」

(それって……)

 突拍子のない単語の羅列に聞こえるが、ミランダにはある出来事を連想させた。

 隣を見ると、ディオンが厳しい顔で前を見据えている。

「一度死にかけた私たちはまた蘇ることができた。これこそ奇跡! もう一度、栄光をこの手に取り戻すため私は戦う! 私はこの国の王を殺すのだ!」

 剣を握っていた男はマントの内側から銃を取り出し、銃口をミランダたちの方に向けた。そしてこちらがまさか、と思う暇もなく――

「危ない!」

 ミランダはとっさにディオンを押し倒すように覆い被さっていた。
 発砲音と観客の悲鳴が重なる。

「陛下! 王妃殿下!」
「ミラ!」
「だ、大丈夫です。当たってなど、いませんから」

 ディオンも動揺しているのか、ミランダを支える手が震えていた。

「なんて無茶なことをするんだ!」
「お説教は、後で聞きます、わ。それより今は、避難を……」
「王妃殿下のおっしゃる通りです。陛下、すぐに避難を」

 ヤニックたちに促されて、座席を盾に出口まで向かおうとする。

「逃げても無駄だ! ここはあの時の再現! 国王と寵姫もまた殺されたのです!」
「きゃあああ」

 銃声が今度は二階席から上がった。

(どういうこと。敵は複数いるってこと!?)

 一階席まで案内されたことも、罠だったというわけか。
 彼らにとって、もっとも獲物が狙いやすい位置に誘い込んで、まずは存分に甚振るつもりなのか……。

「危ない、ミランダ!」

 下手に動くとかえって危ない。身を低くして蹲るべきかと考えていたミランダは、突然ディオンに力強く引っ張り上げられた。

(えっ――)

 顔を上げて視界に飛び込んできたのは、天井に吊り下げられていたシャンデリアが落下してくる光景だ。このままでは下敷きになると思ったミランダを、ディオンが抱えて、通路の方へ飛び退く。

 身体が地面に叩きつけられる痛みと、ぎゅうっと抱きしめられる温もりをミランダは感じた。発砲音がまた遠く、もしかすると、ずっと近くであったかもしれないが、ミランダは自分か彼の心臓の音で、よくわからなかった。

「ディオン、さま……」
「無事か、ミラ」

 声が出なくて、首を微かに縦に振った。それでディオンが安堵したように目を細める。

「陛下! ミランダ様! ご無事ですか!」

 ヤニックとアルノー、他の護衛たちが駆けつけ、周りを囲む。

 ミランダも恐る恐る身を起こし、彼らの隙間から見えたシャンデリアの残骸に呼吸が止まりそうになった。

 遠くから見るとそれほど大きいように思えなかったシャンデリアは、落下して同じ目線になり、とても大きなものが吊り下げられていたのだと知った。ちょうど真下は、自分とディオンの席である。

(もし逃げ遅れていたら……)

 シャンデリアの下敷きになっていたかもしれない。

 ミランダはゾッとし、改めて今の自分たちの置かれた状況を突きつけられる。

「ミラ。とりあえずあなただけでも避難を――」
「お待ちください。今の混乱状況では、人混みに紛れて襲われるかもしれません」

 人々は突然の襲撃に悲鳴を上げながら出口へと向かっている。確かに敵を紛れさせるならば、絶好の機会だろう。

「くそっ――」
「ああ、陛下。民を見捨ててご自分だけお逃げになるのですか!」

 舞台を見れば、男がまだいた。王女役の女性はとっくに逃げている。

「何が目的だ」
「どうぞ。舞台に上がってください。対等にお話しましょう」
「ディオン様、ダメです! 絶対に罠です!」
「王妃殿下もどうぞご一緒ください。――いいえ、ぜひそうしてほしい。魔女の再来と言われたあなたには、ぜひ私の話を聞いてほしい。そうするべきだ」
「そんな要求受け入れられるはずが――」

 ディオンが却下しようとすると、上から発砲音が鳴る。

「的はあなた方ですが、逃げている人々に当たってしまうかもしれませんね」

 仲間が二階席にいるのだろう。
 その数はどれくらいか。多ければ多いほど、袋叩きに遭う被害は大きい。
 状況が正確に把握できない以上、下手に動くのは危険だ。

 そのことをよく理解しているディオンも、悔しそうに拳を握ったのがわかった。ミランダは舞台上でほくそ笑む男を見ながら、ディオンの手に触れた。

「ディオン様。わたしも行きます」
< 48 / 54 >

この作品をシェア

pagetop