虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
ミランダの言葉にディオンだけでなくヤニックたちもぎょっとする。
「何を馬鹿なっ」
「危険すぎます!」
「ここにいる人たちを誰も傷つけたくありません」
どれくらい仲間がいるかわからないが、観客を人質に取るかもしれない。
血を流させるようなことは絶対にしてはならないと思った。
「大丈夫です。行きましょう」
「ミラ……」
「わたしを、守ってくださるでしょう?」
いざとなれば、自分がディオンの盾となろう。
ミランダがそう心に決めて微笑めば、ディオンは顔を歪めたものの、ミランダと共に歩き出した。
「陛下! 行けません!」
「ミランダ様っ」
「おっと。端役の人間は舞台に上がらないでくれ。汚れてしまう」
「おまえたちはついてくるな」
ディオンの命令にヤニックたちは悔しそうにその場に留まる。
ディオンとミランダが舞台に上がる姿を、逃げずにその場に留まっていた観客たちが見つめる。必死に逃げていた人々の何人かも、何が起こるのかと注意を向けた。
「やぁやぁ。これは感激だ! 今まで国王と王妃の出てくる劇は山のように書いて演じてきたつもりだが、本物の国王夫妻とこうして演じることができるなんて夢のようだ!」
まるで欲しい玩具が手に入ったように男は興奮した様子で話す。
近くで見ると、若く、ディオンたちとそう年齢は変わらないように見えた。
(この男、何者なの?)
「おまえの要求には応えた。今度はこちらの質問に答えていただきたい」
「ええ、ええ。何でもお答えいたしましょう」
「おまえは一体誰だ。ただの脚本家ではないのか」
男はにんまりと笑みを浮かべる。背筋がぞわぞわするような笑みに、ミランダは既視感を覚える。
(まさかこの男、あの時のピエロ?)
ミランダの思考を読んだように、男が口角を吊り上げた。
「私がわざわざ言わずとも、もう理解しているのではないですか。それとも微塵もその可能性に思い当たらないほど愚鈍なのですか」
ディオンを馬鹿にする言葉を、息を吐くように口にした男にミランダは苛立つ。
その感情が顔に出ていたのか、男はまたしてもこちらを見て笑みを深めた。
「王妃様は本当に陛下のことを慕っているのですね。いいえ、敬愛している? 信仰している? かつての王妃様とそっくり! でもあの方の想いは報われませんでした。馬鹿な国王は魔女に心を奪われてしまったから!」
「……あなたは魔女の生き残り、修道院で逃げた女性の一族なの?」
「ええ、そうですよ。いろんな国を渡り、私の代まで受け継がれてきた命です」
「わたしを襲おうとした夫人がいたけれど、その方ともお知り合い?」
親族か何かなのか。だから手を貸したのか。
「ああ。あの女は私のファンでございます。少ない金銭を食い潰して通い詰めるほどに慕ってくれて……。あなたのために何でもしたいとおっしゃったので、魔女の生き残りと偽って王妃殿下を襲うよう頼んでみたのです。まさか本当に試すとは思いませんでしたが!」
ミランダは微塵も罪悪感を抱いていない男の言動に吐き気がした。
「劇作家として身分を隠し、この国に潜り込んだのだな」
「あなたのお父様は、暗くなった世の中を憂い、美しく楽しいものでこの国を満たそうとしました。演劇も好んで、この劇場をお作りになった」
男はマスクを外し、床へ落とした。魔女――男爵夫人がどんな顔をしていたかミランダは知らないが、女性的な美しい顔立ちを男はしていた。
「では改めて自己紹介を。私の名前はドニ・ルフェーブル。どうです、陛下? 私の顔は男爵夫人やその一族によく似ていますか? ああ、でもあなたにとってはもう過去の出来事なので、覚えていらっしゃいませんよね。あなたのお父様やお爺様がご存命であれば、確かめることができたのに」
「ドニ・ルフェーブル。おまえは我が王家に復讐するため、この国へ再び足を運んだというのか。劇場で働いていたのもこの時のためか」
「はい。私の祖母……修道院から身投げし、母親に守られて生き延びた女性の悲願です」
母娘は隣国の領海で漁師に助けられた。そして身分を隠しながら、娘の方が家庭を築き、今のドニまで血を受け継がせている。
(せっかく生き延びた命なのに……)
「わざわざこちらに戻って来ず、そのまま隣国で生きていこうとは思わなかったのか」
ディオンも同じことを思ったのか、真意を探るようにドニの顔をじっと見つめる。
「陛下。平民の暮らしを想像したことはおありですか? または毎日人に世話されていた生活から転落し、いきなり全て自分の力で生活していかなければならない、その苦痛を……。父によると、祖母はとても王家の人間を恨んでいたようです。確かに私たちは酷いことをしたかもしれないが、あんな北の果ての牢獄とも言える修道院で一生を送るほど、酷いことはしていない、と……。そんな呪詛めいた言葉を吐きながら、父は育てられました。祖母が亡くなるまで、私も聞いておりました」
そこまで長々と話すと、ドニは微笑した。
そんな話を聞かされて、まっとうに育つ人間はいると思うか? と問うように。
「私が今ここにいるのは、祖母の願いを叶えるためであり、もう半分は私の人生を愉しむためです」
「愉しむためだと?」
「はい。復讐するにしても、いろいろ方法があると思ったのですが、やはり過去の再現をした方が盛り上がると考えました。私はその時まだ駆け出しの脚本家もどきでしたが、将来はきっと売れるだろうという予感がありました。だからこの文才を使おうと……この才能を神がお与えになったのも、きっとこのためだったのだろうと、私は何やら運命を感じましたね」
今までじっとしていたドニが剣を持ったまま、ゆっくりと歩いてくる。
ミランダを後方に庇い、じりじりと後退するディオンにドニが剣を投げた。
「さぁ、陛下。その剣をお持ちなさい。私と一対一で戦いましょう」
投げられた剣がディオンの前に音を立てて落ちた。
「大丈夫ですよ。この戦いを邪魔することは誰もいたしません。みな、見守ってくださる」
「何が目的だ」
「私の祖母や一族の汚名を雪ぐことだとお伝えしたはずですが? ……でも、そうですね。こういう時はやはり何かを賭けた方が盛り上がるかもしれませんね。私が勝ったら――あなたが命を落としたら、私が王家を継ぐ」
「何を馬鹿なことを!」
ミランダが我慢しきれず口を挟めば、ドニはこちらを見て続けた。
「そして、王妃をいただく」
ミランダは不快な気持ちになった。
なぜこんな男にディオンが王家を譲らねばならず、また自分が身を差し出さねばならないのか。
(こんな決闘、馬鹿げている)
ディオンが引き受けるはずがない。そう思ったミランダの予想を裏切り、ディオンが足元の剣を拾った。
「わかった。応じよう」
「何を馬鹿なっ」
「危険すぎます!」
「ここにいる人たちを誰も傷つけたくありません」
どれくらい仲間がいるかわからないが、観客を人質に取るかもしれない。
血を流させるようなことは絶対にしてはならないと思った。
「大丈夫です。行きましょう」
「ミラ……」
「わたしを、守ってくださるでしょう?」
いざとなれば、自分がディオンの盾となろう。
ミランダがそう心に決めて微笑めば、ディオンは顔を歪めたものの、ミランダと共に歩き出した。
「陛下! 行けません!」
「ミランダ様っ」
「おっと。端役の人間は舞台に上がらないでくれ。汚れてしまう」
「おまえたちはついてくるな」
ディオンの命令にヤニックたちは悔しそうにその場に留まる。
ディオンとミランダが舞台に上がる姿を、逃げずにその場に留まっていた観客たちが見つめる。必死に逃げていた人々の何人かも、何が起こるのかと注意を向けた。
「やぁやぁ。これは感激だ! 今まで国王と王妃の出てくる劇は山のように書いて演じてきたつもりだが、本物の国王夫妻とこうして演じることができるなんて夢のようだ!」
まるで欲しい玩具が手に入ったように男は興奮した様子で話す。
近くで見ると、若く、ディオンたちとそう年齢は変わらないように見えた。
(この男、何者なの?)
「おまえの要求には応えた。今度はこちらの質問に答えていただきたい」
「ええ、ええ。何でもお答えいたしましょう」
「おまえは一体誰だ。ただの脚本家ではないのか」
男はにんまりと笑みを浮かべる。背筋がぞわぞわするような笑みに、ミランダは既視感を覚える。
(まさかこの男、あの時のピエロ?)
ミランダの思考を読んだように、男が口角を吊り上げた。
「私がわざわざ言わずとも、もう理解しているのではないですか。それとも微塵もその可能性に思い当たらないほど愚鈍なのですか」
ディオンを馬鹿にする言葉を、息を吐くように口にした男にミランダは苛立つ。
その感情が顔に出ていたのか、男はまたしてもこちらを見て笑みを深めた。
「王妃様は本当に陛下のことを慕っているのですね。いいえ、敬愛している? 信仰している? かつての王妃様とそっくり! でもあの方の想いは報われませんでした。馬鹿な国王は魔女に心を奪われてしまったから!」
「……あなたは魔女の生き残り、修道院で逃げた女性の一族なの?」
「ええ、そうですよ。いろんな国を渡り、私の代まで受け継がれてきた命です」
「わたしを襲おうとした夫人がいたけれど、その方ともお知り合い?」
親族か何かなのか。だから手を貸したのか。
「ああ。あの女は私のファンでございます。少ない金銭を食い潰して通い詰めるほどに慕ってくれて……。あなたのために何でもしたいとおっしゃったので、魔女の生き残りと偽って王妃殿下を襲うよう頼んでみたのです。まさか本当に試すとは思いませんでしたが!」
ミランダは微塵も罪悪感を抱いていない男の言動に吐き気がした。
「劇作家として身分を隠し、この国に潜り込んだのだな」
「あなたのお父様は、暗くなった世の中を憂い、美しく楽しいものでこの国を満たそうとしました。演劇も好んで、この劇場をお作りになった」
男はマスクを外し、床へ落とした。魔女――男爵夫人がどんな顔をしていたかミランダは知らないが、女性的な美しい顔立ちを男はしていた。
「では改めて自己紹介を。私の名前はドニ・ルフェーブル。どうです、陛下? 私の顔は男爵夫人やその一族によく似ていますか? ああ、でもあなたにとってはもう過去の出来事なので、覚えていらっしゃいませんよね。あなたのお父様やお爺様がご存命であれば、確かめることができたのに」
「ドニ・ルフェーブル。おまえは我が王家に復讐するため、この国へ再び足を運んだというのか。劇場で働いていたのもこの時のためか」
「はい。私の祖母……修道院から身投げし、母親に守られて生き延びた女性の悲願です」
母娘は隣国の領海で漁師に助けられた。そして身分を隠しながら、娘の方が家庭を築き、今のドニまで血を受け継がせている。
(せっかく生き延びた命なのに……)
「わざわざこちらに戻って来ず、そのまま隣国で生きていこうとは思わなかったのか」
ディオンも同じことを思ったのか、真意を探るようにドニの顔をじっと見つめる。
「陛下。平民の暮らしを想像したことはおありですか? または毎日人に世話されていた生活から転落し、いきなり全て自分の力で生活していかなければならない、その苦痛を……。父によると、祖母はとても王家の人間を恨んでいたようです。確かに私たちは酷いことをしたかもしれないが、あんな北の果ての牢獄とも言える修道院で一生を送るほど、酷いことはしていない、と……。そんな呪詛めいた言葉を吐きながら、父は育てられました。祖母が亡くなるまで、私も聞いておりました」
そこまで長々と話すと、ドニは微笑した。
そんな話を聞かされて、まっとうに育つ人間はいると思うか? と問うように。
「私が今ここにいるのは、祖母の願いを叶えるためであり、もう半分は私の人生を愉しむためです」
「愉しむためだと?」
「はい。復讐するにしても、いろいろ方法があると思ったのですが、やはり過去の再現をした方が盛り上がると考えました。私はその時まだ駆け出しの脚本家もどきでしたが、将来はきっと売れるだろうという予感がありました。だからこの文才を使おうと……この才能を神がお与えになったのも、きっとこのためだったのだろうと、私は何やら運命を感じましたね」
今までじっとしていたドニが剣を持ったまま、ゆっくりと歩いてくる。
ミランダを後方に庇い、じりじりと後退するディオンにドニが剣を投げた。
「さぁ、陛下。その剣をお持ちなさい。私と一対一で戦いましょう」
投げられた剣がディオンの前に音を立てて落ちた。
「大丈夫ですよ。この戦いを邪魔することは誰もいたしません。みな、見守ってくださる」
「何が目的だ」
「私の祖母や一族の汚名を雪ぐことだとお伝えしたはずですが? ……でも、そうですね。こういう時はやはり何かを賭けた方が盛り上がるかもしれませんね。私が勝ったら――あなたが命を落としたら、私が王家を継ぐ」
「何を馬鹿なことを!」
ミランダが我慢しきれず口を挟めば、ドニはこちらを見て続けた。
「そして、王妃をいただく」
ミランダは不快な気持ちになった。
なぜこんな男にディオンが王家を譲らねばならず、また自分が身を差し出さねばならないのか。
(こんな決闘、馬鹿げている)
ディオンが引き受けるはずがない。そう思ったミランダの予想を裏切り、ディオンが足元の剣を拾った。
「わかった。応じよう」