虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
「それを自分で訊くのが、あなたらしいな」
「だって不思議でしたもの。わたし、あなたに嫌われるような噂を嫁ぐ前に作っていましたし、疎まれるのも仕方がないと思っておりました」

 いつかは受け入れてもらえるといいな……と願っていたが、長い時間を要すると覚悟していた。

「何か、きっかけがありましたの?」
「そうだな……決定的にこれ、と言い切るのは難しいが……ただ、初めて一緒に寝る時、あなたはすでに寝ていただろう? その無防備な寝顔を見ているうちに、何だか警戒心が解けた気がする」
「まぁ。寝顔で?」
「そうだ。姉さま、と寝言で幸せそうに呟いていて……そう、その時に嫌がらせしている相手の名前を、そんなふうに口にするだろうかと疑問を抱いたんだ」

 ではわりと初めの頃からディオンはミランダの噂に懐疑的だったのだ。

「あとはやはり話しているうちに、噂とは違う女性だと思った。一緒にいて非常に心地よかった。あなたはいつも俺のことを気遣って、朗らかに話してくれる。周りの者たちにもだ。場合によっては、あっさり自分が泥を被っても気にしない。きっとジュスティーヌ殿にもそうだったのだろう。あなたから事情を教えられ、俺は……」
「俺は?」
「ジュスティーヌ殿に嫉妬した」
「お姉様に?」

 ディオン様が? とミランダは目を丸くする。異性ならともかく、同性、しかもミランダの姉である。そんな相手に嫉妬するものだろうか。

「当然だろう。自分を犠牲にして、いついかなる時も真っ直ぐに彼女のことを考えて、幸せを願って涙を流す。そんなふうにあなたから思われて、羨ましいよ」
「ディオン様……」

 彼は少し気まずくなったのか、そう言えば、と付け加えた。

「あなたの祖国に襲撃事件のことを報告して、見舞いの品が届いている。ジュスティーヌ殿からの手紙も」
「えっ、本当ですか!?」

 それはすぐに見たい! とミランダががばりと起き上がって、お見舞いの品が山のように積まれているテーブルのもとへ行こうとすると、お腹に腕を回されて、阻止された。ディオンにである。

「ミラ」

 その縋るような甘えた声に、ミランダはぴたりと止まる。彼は起き上がり、改めてミランダを後ろから抱きしめて耳元で尋ねた。

「俺を、甘えさせてくれるんだろう?」

 ディオンはミランダが急に寝台に倒れ込んだ目的を、すべて見抜いていた。さすが我が旦那様である。

「ええ……もちろんです」

 彼と一緒に過ごすようになってわかったことだが、自分はどうやらこういった触れ合いの時かなり羞恥心を覚えるようだ。急に借りてきた猫のように大人しくなって、ディオンに可愛いと言われたことを思い出す。今も、彼は笑いを滲ませて、ミランダの名前を呼ぶ。

「あなたが愛おしい。この時だけは、俺だけのあなただ」
「……わたしは、あなたのものですよ?」

 ふっとディオンがどこか寂しそうに笑う。

「あなたは魅力的で、優しいから。先ほども、姉君のもとへ行こうとしていたではないか」
「う、それは、つい……」
「あなたの弟君やご両親もあなたのことを心配して、療養としてこちらへしばらく里帰りしてはどうかと手紙を寄越してきた」

 まさかそんなことを。そしてミランダの家族にも嫉妬しているかのように聞こえるディオンの口調にミランダは何やら焦り始める。

「あとはやはり、ロジェだな」
「ロジェも?」
「そうだ。彼は、悔しいことにできる男だ。今回の襲撃も、彼のおかげで無事に済んだと言っていい。俺よりも、ずっと頼りになる。だから……」

 そこでディオンは口を閉ざしたが、ミランダは彼がロジェを選んだ方がいいのではないか、あるいは自分よりも相応しい、といったことをディオンは言おうとした気がした。

「確かにわたしとロジェは年が近いので、誤解なさるかもしれませんが、ロジェはわたしに忠実です。主人の想い人との仲を引き裂くような真似は決していたしません」
「そう、だな。だが……」
「あなたとクレソン卿の関係のようなものですわ」
「なに? 俺とクレソン?」

 ミランダは振り返り、からかうような表情で答えた。

「ええ。息子を心配する母親のような関係です」
「……つまりあなたは、クレソンを姑のように思っているのか?」
「クレソン卿は男性ですので、舅と言った方が正しいかもしれませんね」
「うん、まぁ、そうだな。姑よりかは舅の方がいいだろう……」

 クレソンの話で嫉妬する気持ちが削がれたのか、ディオンが眉根を下げる。

 そんな彼に、ミランダはさらに以前から思っていたことを打ち明ける。

「わたしも、あなたとクレソン卿の関係に嫉妬していたのですよ?」
「そうなのか? なぜ?」
「どちらもお互いを信頼していて、クレソン卿に対してディオン様は時々砕けた態度をお見せになるから」

 ぱちぱちとディオンが目を瞬く。

「見せている、か? たまに口うるさくてぞんざいに扱ってしまうことはあるが……」
「ふふ。そういうところが、わたしの目には羨ましく映るのです」
「それを言うなら、あなたこそ、ロジェ相手には遠慮なく物申して――」

 そこでディオンはミランダが言ったことに気づく。

「ね? 同じでしょう?」
「……うん。まぁ、同じだな」

 どこか腑に落ちなさそうな顔をしつつ、一応ディオンは納得してくれた。

 ミランダは機嫌を取るように彼の頬にそっと口づけする。あまりこういったことは自分からしたことがなかったので、ディオンが驚く。

「ディオン様はわたしの特別な人。……好きということです」

 はにかみながら自分の想いを伝えれば、食い入るように見ていたディオンに突然抱きしめられて押し倒された。

「ミラ、なんて可愛いんだ。好きだ。愛している。死ぬまで、いや、死んでからもあなたを離さない」
「し、死んでからも? それはけっこう重い愛ですわね」
「嫌か?」
「嫌では、ないですけれど……。ただ、ディオン様がそんなことをおっしゃるなんて、なんだか意外で」

 初めて会った頃のイメージとだいぶ違う。愛の言葉などめったに口にしない、硬派な人間だと思っていた。

「あなたが俺を変えたんだ」

 それも、あるのだろうか。ミランダがディオンに恋をして変わったように。

(でも……)

「ディオン様は、もともと情熱を秘めた方だったのかもしれませんわ」

 祖父や両親が亡くなり、早くに王位に即いたので、本来の性格を封じる必要があった。

 ミランダがジュスティーヌを守るために悪女を演じていたように、ディオンも本来の自分とは別の――グランディエ国にとって理想の、強い王を作り上げ、演じていた。

「なるほど……。だが、あなたの前ではもう必要ないな」
「はい。わたしの前では、本当のあなたを見せてください」

 ミランダはそう言うと彼の首に腕を回し、今度は唇に口づけした。

 ディオンがすぐに想いに応えてくれる。

 二人はそのまま、二人だけしか知らない甘い時間を過ごすのだった。
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