虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました
 つい先ほど出て行ったと思われるロジェがもう帰ってきた。
 本当に様子を見てきたのかと半目になるミランダに、ロジェは肩を竦めた。

「侍女は予定通りドレスを渡しました。ただ向こうの侍女と熱心に今回の舞踏会で玉の輿に乗れそうな男が来るかどうか話し始めたので、先に帰ってきたんです」
「それはまた……まぁ、いいわ。それでお姉様のご様子は?」
「いつもと変わらず。孤児院に寄附する刺繍に精を出されておられましたよ」

 その姿が難なく想像でき、ミランダはため息をついた。

「本当は王女として、もっと華々しい生活を送れるのに……」
「姫様。来月の舞踏会にジュスティーヌ様を出席させ、そこで素敵な殿方に見初めてもらうご予定ですよね?」
「そうよ。素敵な殿方に見初められて、一発逆転を狙うのよ」
「失礼ながら、ジュスティーヌ様の性格的に、難しいのではないでしょうか」
「それは……」

 物心ついた時から父に見捨てられ、姉はすっかり質素な生活に慣れてしまった。華々しい行事に参加することもどこか苦痛そうで、控え目な性格に拍車がかかってしまったように思う。

「で、でも! 何もお姉様の方からガツガツ男を漁らなくても、向こうから――」
「ジュスティーヌ様の美貌と身分を目当てに、見かけだけの男が寄ってくる絵ならば想像できますが」
「うっ……」

 そしてそんな男どもに囲まれて、泣きそうな表情で困り果てる姉の姿。それを遠くから見て嫉妬する母の悪鬼の表情。

 ミランダはガクッと膝をつき、自分の計画の失敗を悟った。ロジェは感情の読めない……それでもどこか主人を憐れむような、冷めた目で見ていたが、「姉上ーいるー?」と部屋の外から呼びかける間延びした声に扉を開けに行った。

「あ、ロジェもいる。また僕に内緒で面白いことしていたんでしょ? 仲間外れはよくないよ……って、なんで姉上は床で崩れ落ちているの? みっともないし、ドレス汚れるからやめなよ」

 呑気な声でぽんぽん言いたいことを言う弟を、ミランダは恨めしげに見やった。

「カミーユ。一体何の用よ」

 ミランダの弟、カミーユは次期国王として毎日みっちりスケジュールが埋まっている。自分のもとを訪れる暇もないはずだ。

「そう邪険にしないでよ。少しくらい息抜きしないと、僕もどうにかなっちゃうんだって」

 やれやれと勝手に座り心地の良いソファに腰掛けながらカミーユは寛ぎ始める。

「いい御身分ですこと」
「姉上だって同じだろう? ロジェと二人、何をこそこそ企んでいるの? まぁ、大方ジュスティーヌ姉様のために舞踏会でいい男を見繕ってやろうとでも考えているんだろうけど」
「その通りでございます」

 返答に窮する主人に代わって、ロジェが大当たりだと告げる。やっぱりね、とカミーユは笑った。

「そんなことしても無駄だよ。目ぼしい男はすでに婚約者がいるだろうし、いたとしても、母上が絶対許さない」
「……わからないじゃない。普段は社交界を毛嫌いしている氷の騎士(見かけに反してとっても優しい)とか偏屈研究者(でも爵位持ちの超美青年)とか、距離的にいつも欠席している辺境伯がたまたま出席して、偶然お姉様と恋に落ちたりとか!」
「ないない。肥満体系の男とか、女好きの色狂いとか、バツがついている中年男とか、そんな人間しか売れ残っていないね」

 ばっさりとカミーユに切り捨てられ、ミランダは奥歯を噛みしめる。

「くっ……こうなったら!」
「婚約者のいる男をわざと引き裂いて、ジュスティーヌ姉様に宛てがう? そんなことしたら、姉様はますます女性に嫌われるだろうね」
「別にわたしの評判はどうでもいいのよ」
「結果的に母上が娘の評判が悪いのはあの女のせいよ! って怒りの矛先をジュスティーヌ姉様に向けても?」

 またしてもカミーユの正論にミランダはぶすりと黙り込む。

「何よ。さっきから文句ばっかり。あなたはお姉様に幸せになってほしいとは思わないの?」
「姉といっても半分しか血繋がっていないし、そもそも僕、ほとんど会ったことないもん」

 冷たいやつ! とミランダはそっぽを向いた。ジュスティーヌに対してはあまり情の湧かないカミーユであるが、実の姉であるミランダに臍を曲げられるのは弱いらしい。

 悪かったよ、と先ほどより姿勢を正して一緒に考え始める。

「そうだね……現実的に考えると、ジュスティーヌ姉様がこの国で幸せになるのは難しいかも」
「お母様の目があるから?」
「そう。だから……いっそのこと、国外へ嫁いでみたらどうかな」
「国外……」

 異国へ嫁ぐということである。別に珍しいことではない。王女であるならば、かつては人質として、戦争のなくなった今でも国同士の友好を深めるために輿入れすることはよくある。

「でも、お姉様には荷が重すぎるんじゃないかしら……」
「確かに大変だろうけど、他国ならさすがに母上も手を出せないだろうし、王妃として手厚く保護するはずだよ」
「ですが、王妃殿下はジュスティーヌ様を嫁がせることをお許しになられるでしょうか」

 黙って姉弟のやり取りに耳を傾けていたロジェがふと零す。ミランダも難しい顔をした。

「そうね……お母様のことだから、あえて酷い嫁ぎ先を見つけてきそうだわ。王妃の他に側室が何人もいたり、妃になるに見せかけて後宮の一人にさせる縁談とか……」

 三人は沈黙した。

 父は国王として普段それなりの手腕を見せているが、母のこととなると別である。母に甘い声と表情で迫られると強く出られない。言いなりになってしまうのだ。

 普通ならそんな王嫌であるが、母の願い事というのは決まってジュスティーヌに関することなので、臣下たちは問題ないと見なしている。それでいいのか、と強い憤りを覚えるものの、王女に過ぎないミランダにはどうすることもできなかった。

「あ、そうだ。縁談といえば、姉上にも見合い話がきているそうだよ」
「わたしにも? 今は姉様のことで自分のことを考える余裕はないんだけれど……相手は誰?」
「グランディエ国の王様だってさ」
「グランディエ国? 数十年前クーデターが起こった国ですか?」

 相手の出自に、本人よりロジェが素早く反応する。

「そう。先々代の王弟派が魔女に狂った王に代わって、王権を奪ったんだ」
「魔女?」
「傾国の美女ってやつだよ。処刑されちゃったけど、かなり色事に長けていたみたい」
「ふーん……」

 どこの国にもそういった話はあるのか、とミランダは他人事のように思った。

(お母様も、さすがにそこまではならないわよね?)

「国王が腑抜けだったとはいえ、武力で政権を奪ったのでしょう? そんな国に姫様を嫁がせるのですか」

 自分の嫁ぎ先になるかもしれないというのにどこか反応の薄いミランダに代わり、ロジェが鋭く指摘する。何となく彼自身が異議あり、と言いたげであった。

「もう過去の話だよ。あの頃はどこの国もカッカしていただろう? それに魔女は無事に追放されて、国内の治安も安全。芸術に力を入れて、演劇が流行っているらしい。今の王様も、若いのにかなり有能らしいよ」
「有能ですって?」

 急に話に食いついた姉を、カミーユは不思議そうに見る。

「うん。頭も良くて、武人の才もあって、民にも慕われていて……あ、ついでになかなかの美男子らしい」
「それよ!」

 いきなり大声で叫んだミランダにカミーユは「え?」と素っ頓狂な声を上げる。ロジェの方はというと、また良からぬことを……と言いたげにほんの微かに目を細めた。

「わたしに代わって、お姉様がその方に嫁げばいいんだわ!」

 カミーユはポカンとした顔をする。ロジェは無表情。一人、ミランダだけがなぜ今まで思いつかなかったのだろうと表情をキラキラさせていた。
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