降っても晴れても
「あれ? 園田さん……じゃないですか?」

 仕事の帰り道、名前を呼ばれ振り返ると、そこには伊勢谷が立っていた。

「あっ、伊勢谷さん!」
「やっぱり園田さんでしたか」
「伊勢谷さん、今日はお休みの日でしたよね?」

 親近感が湧いたのは、伊勢谷がジーンズにTシャツという姿だったからだろう。制服以外の姿を目にしたのは初めてだった。

「そうなんです。友人との待ち合わせ時間までまだ少しあるので、ぶらぶらしてたところです。……あ、男ですよ」
「え? 別にそんなことまで……」

 笑いながらそう返したが、内心はほっとしていた。

「園田さんは仕事帰りですか? いつもと雰囲気全然違いますね」
「ああ、はい」

 店に行く時がいつもと違うだけで、カジュアルなパンツスタイルが琉那の通常スタイルだった。

「何か、見慣れなくて新鮮です」

 それを褒められていると解釈した琉那の胸は一瞬高鳴ったが――

「もう、限界なんです」

 気付けば、心の声を漏らしていた。

「え?」

 伊勢谷は訳が分からないというように首を傾げて聞き返した。

「懐具合も、空腹に耐えるのも」
「何だ、腹減ってんすか」

 くだけた口調でそう言って、伊勢谷が笑う。

「そうじゃなくて……」

 実際には、そうかもしれない。
 空腹のせいなのか感情の抑制が効かず、不意に涙まで溢れた。
 自分のおかしな言動に、琉那自身が驚いていた。

「えっ、ど、どうしたんすか? 俺、何か気に障ること言いましたか?」

 覗き込む伊勢谷が当惑顔を向けている。

「違うんです、伊勢谷さんは何も悪くありません。お恥ずかしい話ですが、私みたいな一般庶民のお給料では『cache cache』のような高級店に通い続けることなんて到底無理で、実は懐具合がかなり厳しくて」

 琉那は涙を拭い笑顔を取り繕った。

「そうでしたか。それほどシェフの料理に惚れ込んでしまったということですよね?」

 優しく撫でるような口調で伊勢谷に尋ねられ、琉那は返答に困った。
 ここで本音を漏らすと、彼を更に困惑させてしまうだろうか。
 たった今『気持ちを伝える』と決意を固めたばかりの琉那の気持ちが揺らいだ。

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