聖女のいない国に、祝福は訪れない
「ここでその牙を収めてさえくれたら、来たるべき時、好きなように暴れ回って構わない」
「ガルルゥ……」

 獣はその提案を受け入れるか迷っているようで、先程までの低い唸り声がだんだんと勢いを失っていく。

「君達から見て、俺が聖女を傷つけていると思ったのであれば。その時はここに噛みついてくれ。俺は無抵抗で、その牙を甘んじて受け入れよう」
「陛下!」

 狼の鋭利な牙が首筋へ差し込まれたのなら。
 どれほど鍛え抜かれた逞しい身体を持つ男であったとしても、命が失われる可能性の方が高い。
 彼を守護する護衛騎士達は止めに入ろうとしたが、セドリックは彼らを手で制した。

「いい。手を出すな」
「しかし……!」
「王命だ」
「く……っ」

 アーデンフォルカの正当なる血を受け継ぐ者はセドリックしか残っていないのだから、話を聞いている民達が驚き怯えるのも無理はないことだった。

 騎士達が剣を引き抜いたことに動物達は一瞬身構えたが、すぐさま彼がこの場を収めたことで、獣達も段々と狼に向けて呆れの視線を向ける。
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