聖女のいない国に、祝福は訪れない
「陛下……」
「どうした」
「両親を、アーデンフォルカ帝国へ移住させたいのです……」
「構わん」

 フリジアが恐る恐る絞り出した言葉でさえも、一瞬で肯定される。
 彼女は不安になり、思わず問い掛けてしまった。

「よく考えて、答えを出さなくていいのでしょうか……」
「動物達がこの地に公爵夫妻を引っ張ってきた時点で、こうなることは予測出来ていた」
「もしも妹と繋がっていれば……驚異になるかもしれません」
「あり得ないな。聖女を騙る悪しき者に加担しているのであれば、狼が黙っていない」

 フリジアは好戦的な性格をしている狼の姿を思い浮かべた。
 両親が鋭い眼光で睨まれた際に怯えていた所を見るに、すでに妹を呼び寄せようとして止められていた可能性はゼロではない。

「……陛下は本当に、信頼のおける方ですね……」
「ああ。この調子で、君の全てを暴きたいものだ。心だけではなく……。衣服に覆い隠された美しい四肢の隅々まで……」

 察しのいい娘であれば、男女の関係を匂わされていると気づいただろうが――フリジアは自身に異性を拐かす魅力があると自覚していないせいか、その発言を一切気に留めることなくスルーしてみせた。

「なんだか、お話していたら……。眠くなってしまいました……」
「疲れたんだろう。いろんなことがあったからな。ゆっくりおやすみ」
「……はい。陛下……。本当に……」

 彼にお礼を伝えようとしていたフリジアは、最後までそれを言葉にできず眠りの国へ意識を手放す。
 その様子を目にしていたセドリックが、慈愛に満ちた表情で彼女を見つめていることに気づくことなく……。
< 126 / 164 >

この作品をシェア

pagetop