聖女のいない国に、祝福は訪れない
「いやーん。セドリックったら! 酷いですぅ!」

 ――セドリックは、何も言わなかった。

 ニセラの前で彼女の名を呼べば、フリジアが生きていると知られてしまう。

 妹との仲を誤解されたくなかった彼は、目の前にいる女性を冷たくあしらうことしかできなかったのだ。

(わかってる。陛下は悪くない……)

 すべてわかった上で、ニセラがフリジアを揺さぶるために露骨な態度でセドリックに言い寄っているのだとしたら――彼女は何も言えない。

(こうやって傷つくことすら、妹を喜ばせてしまうと……)

 フリジアはセドリック以外に、弱いところを見せるわけにはいかなかった。
 聖女に害をなすものにその弱点を刺激されたら、彼女は再び不幸のどん底に落ちるだろう。

(ちょうどいい……)

 ――廊下には、王城で働く人達の姿は見当たらなかった。
 突然天候が悪くなったので、出払っているのかもしれない。

 フリジアは誰にも怒られないのをいいことに、廊下を全速力で走り出し――そして勢いよく扉を開けて寝室へと飛び込む。
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