聖女のいない国に、祝福は訪れない
(わかっている。手を伸ばしたところで、その指先に触れて助け出してくれる人はいないのだと)

 この胸の奥底にしまい込んだ苦しみや悲しみを癒やすには、長い時間がかかるだろう。

 過去から逃れるためには、フリジアが一人で折り合いをつけるしかないのだ。

「リリエル公爵令嬢」

 ――だから。
 彼女の家名を呼び、空に投げ出した手を指先で絡め取り――離れないように強く握りしめた人物が現れたことに、フリジアは酷く困惑した様子ではっと夢から目覚めた。

「つらいなら、我慢するな」

 彼は瞳を潤ませた彼女の顔を覗き込むと、安心させるように優しく左手で前髪を撫でる。

「どんな困難が待ち受けていようとも。俺が君を守ってみせる」

 離れないように絡め取られた指先からは、ひんやりと冷たい彼の熱が伝わってきた。

『何度言えばわかるのだ! 貴様は本当に聖女なのか!?』

 脳裏にはまだ、恐ろしい男の声と顔が何度も再生されて、フリジアの心を乱そうとしてくるが――セドリックの指先から伝わる熱に意識を集中していれば、やがて気にならなくなった。
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