美貌の公爵令嬢フェリシアは騎士様が好き
 馬車はとても静かに公爵邸へ向かっていた。護衛の騎士も同行していないから、馬車の蹄の音だけがリズムよく聞こえてくるだけだ。

「とても静かですわ。」
「いつも騒々しいのですか?」
「そうね。」

 馬車で静かに帰れないほど護衛がいる、もしくは騒々しい何かに襲われるということなのだろうか。アランは周囲360度に向けて気を向けた。何かあればすぐに動けるようにしておかなければならない。でもどうにも心が折れそうになってしまう。こんな狭い空間にフェリシアと2人きりなのだ。

「フェリシア様、何かあれば私がお守りします。」
「はいっ、アラン様♡」

 フェリシアはアランの右腕を引きちぎりそうなほど抱きしめている。自分は護衛なのだと言い聞かせても、意識を持っていかれそうになる。アランはひたすら自分と葛藤していた。

 一方で、フェリシアはアランの言葉に信じられないくらいときめいていた。縁起でもなく何か起きてくれないかとすら思っていた。しかしフェリシアの願いとは裏腹に、何も起こらずに馬車は進んでいく。

「アラン様、本当に私の護衛でよろしいのですか?」
「はい……あ、第1部隊のことですか?」
「アラン様が希望されるならおっしゃってください。私の護衛は大丈夫ですから。」

 本当は大丈夫ではない。アランが護衛を外れてしまっては困る。仮に外れてしまったとしても、戻って来る前提でないと認めない。父の力だけで足りないのなら、王太子であるマリウスの力を借り、果ては叔父叔母である国王と王妃の力を借りて、なんとしてもアランを引き留めようとフェリシアは頭の中で考えていた。

「ありがとうございます。やっぱり私ではご不安ですか?」
「そんなことありません!アラン様でないと嫌です!」
「ははは、ありがとうございます。」

 フェリシアは楽しそうに笑うアランの笑顔に釘付けになった。護衛を外れるなんて嫌だ。騎士団に戻すことも許したくない。フェリシアの瞳の中には静かな炎が燃え上がっていた。

「アラン様は、いつまで私の護衛でいてくださるのですか?」
「殿下は何も言っていませんでしたが……いつまでなのでしょうか。」
「ずっと護衛でいてくださっても良いですからね。」
「そうですね。護衛を外されるまでは、フェリシア様の護衛でいます。よろしくお願いします。」

(ぜっっったいに、外させませんわ!アラン様は一生私の護衛です!)

 一瞬フェリシアから火が出たように見えて、アランは何度も瞬きをした。

「でも、騎士団に戻りたくなったらいつでも仰ってください。騎士として戦うアラン様も素敵でしたから。」

 フェリシアはアランに好かれたいがために、思ってもいないことを口にしていた。騎士団に戻すつもりは毛頭ないのだ。

「ありがとうございます。お優しいのですね、フェリシア様は。」
「きゃぁ!アラン様ぁ!!」
「フェリシア様!?」

 フェリシアはアランに壮大に抱きついた。アランに優しいと言われたのだ。嬉しくてしょうがない。屋敷に到着するまで、フェリシアはアランに抱きついたまま離れなかった。
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