御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 挨拶とお礼を口にすると、美果の困惑に気付いていない四十代後半の常連客・上山がうんうんと頷いた。明るく気さくな上山の表情を確認すると、妙な緊張感を覚えながらその隣におそるおそる腰を下ろす。

 一緒に席についてくれた後輩のキャバ嬢はやってきた翔の美貌にずっと釘付けになっている。だが美果は変に緊張してしまい、どうにも視線を上げられない。

 視線を斜め下に落としたまま上山と彼の部下の小野田(おのだ)、そして翔の飲み物を用意していると、ふと男性たちが雑談を始めた。

「天ケ瀬くんのおかげで我が社は来季も安泰、本当にありがたい話だ」
「さぁさぁ、天ケ瀬部長。ここはうちが持ちますから、どんどん飲んで下さいね」
「ああ、はい……ありがとうございます」

 人の良さそうな笑顔を浮かべる翔と、上機嫌に翔を持ち上げる上山と小野田の会話内容から、美果が働く店に彼が突然現れた理由を理解する。

(な、なるほど……接待かぁ)

 営業本部長である翔は、三十一歳という若さで天ケ瀬グループの取引先を決定するという重大な権限を持っている。天ケ瀬百貨店と契約したい企業にとっては、翔を持ち上げて優遇することは業績に直結することと同義で、それはおそらく上山と小野田にとっても例外ではないのだろう。

 上山は飲食業界の重役で小野田はその腹心だと聞いているが、会社員というのもなかなか大変な仕事なのだろう。

 と、感心している場合ではない。今の美果に、人の心配をしている余裕などないのだから。

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