御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

5. 近づく距離


「翔さん、おはようございます! 起きて下さい!」

 いつものようにベッドルームの扉を叩いて翔の起床を促す。だが美果は、最近の翔がこの起こし方では起きてくれないことに薄々気がついていた。

 転倒しそうになったところを翔に支えられて助けてもらったのが、およそ二か月半前。あの後ドキドキしながらリビングに戻ってみたが、翔は普段と何も変わらない様子だった。ほんの数分前に愛おしげに抱きしめられたせいで美果はひどく緊張していたのに、翔があまりにもけろっとしているので『意識しすぎている自分が恥ずかしい』と密かに反省するほどに。

 とはいえ、それからしばらくの間は、大きな問題もなく家政婦業務をこなしてきた。しかし今から約一週間ほど前のある日、美果は朝から大きな失敗をしてしまった。あり得ないミスをしたことを一週間経った今も猛反省中である。

「翔さん! 七時半すぎましたよ!」

 自分のミスを悔い改めながら、大きな声で扉に向かって叫び続ける。だがやはり翔からの応答はない。

 時刻は七時半を過ぎたところ。これ以上遅れることはできない。

「もう……入っちゃいますからね!」

 仕方がなしに一声をかけた美果は、今日もドアのレバーを押し下げる。


 一週間前――その日もいつものように出勤した美果だったが、エプロンを身に着けながら何気なくダイニングテーブルの上を見遣ったことで、そこに五本の細長い小瓶が並んでいることに気がついた。

 その瓶は天ケ瀬百貨店の地下食品売り場に入る『だし専門店』が取り扱う液体だしの新商品で、テーブルの上の翔の字で『これでだし巻き玉子を作ると美味いらしい』と美果へのメッセージが綴ってあった。

< 100 / 143 >

この作品をシェア

pagetop