御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 ちょうどその日の朝食は和食にしようと材料を揃えてあったので、さっそくこの高級だしを使ってみようと思った。

 だしはそれぞれ風味や塩分量に差があるうえに、各々に最も合う料理が異なるとの説明書きもある。ご丁寧に調理例の小冊子もあるので、それほどこだわって作られた商品なのだろうと感心する。

 一体どれがだし巻き玉子に最も合うのか……と真剣に考えて冊子を読み込むうちに、翔を起こすという大事なミッションがすっかり頭から抜け落ちた。

 それはもう、猛烈に焦った。

 完成しただし巻き玉子の端を味見して「すっっっごい美味しい!」と感動した気持ちも一瞬で吹き飛んだ。時計を見るとすでに七時二十分。いつもならこの時点で三回は翔を起こしているのに、今日はまだ一度も声をかけていない。

 やばい! と思った美果は、フルパワーで寝室の扉を叩いた。

 しかし扉を突き破ってしまいそうな勢いで起こしているのに、やはり彼は起きてこない。実際はいつも彼が目覚める時間の十分前だというのに、このままでは遅刻してしまうと焦った美果は「失礼します!」と声をかけて翔の寝室に乗り込んだ。

 そう、それがいけなかった。
 ――あの日の判断を、美果は今も後悔している。


「翔さん、おはようございます。朝ですよ」

 部屋に入ると、面積の大半を占領する大きなベッドにゆっくりと近づく。遮光カーテンが引かれているせいで、室内には廊下からの光しか入らない。

 薄暗い中でベッドを覗き込むと、こちら側に横向きになった翔がスマートフォンを握りしめたまま寝息を立てている。一応一度は起きて時間の確認をしたようだが、結局また眠ってしまったらしい。

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