御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
マンション近くのスーパーとの往復はどうにか可能だったが、帰宅は大変だなぁ、と考えながらシチューに使う野菜を刻んでいると、玄関でオートロックが開く音がした。
さらにガチャッと扉が開く音がしたので、包丁を置いて手を洗うと、廊下へ顔を出す。
「ただいま、秋月」
「えっ、翔さん!?」
するとそこでは、髪が少し濡れた状態の翔が靴を脱いでいた。
パタパタとルームスリッパを鳴らしながら翔に近付き、帰宅してきたという翔のビジネスバッグを受け取る。
「おかえりなさい。早いですね?」
「ああ。予定していた商談先に向かってたんだが、この雨のせいで延期になったから、今日はもう帰ってきた」
現在の時刻は午後二時すぎ。いつもより格段に早い帰宅時間に他の仕事は? と思ったが、疑問の表情に気がついた翔が「誠人が雨の日に何回も運転するのを嫌がったからな」と教えてくれた。
部長クラスの翔は、本来送迎が必須な立場ではない。だが現社長の長男であり、将来的には天ケ瀬グループの後継となる身だ。毎朝確実に起こして出勤させる必要性もあることから、幼なじみであり秘書である誠人が使命感を持って翔の運転手も努めているらしい。
とはいえ、さすがの彼も豪雨の日の度重なる運転は嫌がったようだ。
「今、夕飯を作っていたところです」
「じゃあ今日は出来たてが食えるな」
着替えのために自室へ向かう翔に家事業務の進捗を伝えると、翔が振り返って笑顔を見せた。
その何気ない表情までが驚くほどに美形で、美果の心臓がドキリと跳ねる。見返り美人って男の人にも使える表現なのかなぁ、とぼんやり考えてしまう。