御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
黙り込んだ美果の様子に、翔が首を傾げる。まさか美果が自分の恋愛について考えているとは思ってもいないだろう翔は、少し不思議そうな表情だ。
意外な言葉を聞いたせいでつい翔の恋愛事情に思考が飛躍してしまったが、それより今は彼の説得だ。
「そうじゃなくて……あの、タクシーを呼べば濡れずに帰ることもできますので」
気持ちは有難いが、本当に帰れないほどではない。とにかく彼の提案は不要であると説明したい美果だったが、その一言に翔がムッとした表情になった。
「業務命令。いいから泊まっていけ」
「で……でも、あの」
「明日送ってやるから」
「え、ええ!?」
一体何が彼の気に障ったのだろう。美果がこの豪雨で風邪を引くかもしれないと心配して親切からの提案だったのに、それを断ってしまったからだろうか。
否、翔は親切を断られたからと言って不機嫌になるほど狭小な人ではないはず。いつも相手の意見や言い分を尊重してくれるし、美果の話もちゃんと聞いてくれる。なのにどうして、今日に限ってこうも強情なのだろう。
(え……泊まるって……ほんとに?)
確かに明日は土曜日で休暇のため、翔も一日在宅予定と聞いている。しかしどうせ車で送ってくれるのなら、今日のうちに送ってくれればいいのに。と思ったが、疲れて帰って来たばかりの翔にそんな図々しいお願いまでは出来ない。
翔の中で美果の宿泊は決定してしまったようで、明確な返答を待たず着替えのためにクロゼットルームに向かっていく彼に、どんな言葉をかければいいのかもわからない。
美果は翔のビジネスバッグを抱きしめたまま、高鳴る心音を必死に押さえ込んだ。