御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
翔は美果の料理を褒め称えてくれるが、実はご飯が美味しいのは美果の功績ではない。彼の部屋に米の銘柄に合わせて炊ける、信じられないほど高性能かつ多機能な羽釜の炊飯器が完備されているというだけだ。
それでも照れたままうつ向いてスーパーの外に出ると、翔が歩調を速めて美果の前に出た。再び顔を上げると肩から振り返った翔と目が合う。
「車回してくる」
「はい」
まだ風は強いし晴天というほどすっきりした天気ではないが、今は昨夜ほど激しい雨は降っていない。ならば購入したものを抱えて車まで運んでもいいのに、翔は美果に重たいものを持たせないようにするためか、入り口まで車を回してくれるという。
(優しいな……)
翔の優しさはレディファーストの延長だ。家政婦といえど女性である美果に負担をかけないようにしてくれているだけ。
それは理解しているのに「ちょっと待ってろ」と笑顔を向けられると、不覚にもときめいてしまう。自分たちは雇用主と被雇用者という関係でしかないとわかりきっているのに。
「あれ? さやかちゃん?」
考えごとをしていると、ふと隣を横切った一人の男性が足を止めて声をかけてきた。だが使うのを止めてからもうすぐ半年になる名前を呼ばれたせいか、美果はそれが自分に向けられたものだとすぐには気づけなかった。
「やっぱりさやかちゃんだ!」
「えっ……?」
通り過ぎた男性が数歩戻ってきて美果の顔を覗き込む。その男性の顔をよく確認した瞬間、美果はハッと我に返った。
「あ……えっと、三石さま?」
「そうそう」