御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
美果に話しかけてきた男性・三石は、確かに知り合いであった。彼は美果が以前働いていた夜のお店の常連客である。
ただし元々人の顔と名前を覚えるのが苦手な美果だ。以前の勤め先Lilinの常連で、何度か『さやか』を指名してくれたこともあるのでどうにか思い出せたが、正直彼のプロフィールや過去にした会話はすっかりと忘れている。
否、彼だけではなく美果の半年前までの記憶はだいぶ薄れている。いつ寝ていつ起きているのかもわからない、そもそも必死に働いている理由をできるだけ考えないよう黙々と仕事をしていたのだから、長く記憶に残らないのも当然といえば当然かもしれない。
それでもこの三石という男の存在は思い出せた。なぜなら彼は、Lilinで働くキャバ嬢たちの中でもすこぶる評判の悪い客だったから。
「さやかちゃん、メイクもしてないし服装もラフだから最初全然わからなかった」
「はぁ」
首を傾けてじっと瞳を覗き込まれ、ニヤニヤと笑われる。その仕草に全身の産毛がゾワッと逆立つ。
三石の評判が悪いのは、酔ってふらつくフリをしてキャバ嬢を抱きしめたり、偶然を装って際どい場所を触ったりとやけにボディタッチが多かったからだ。
店の者に見つかれば間違いなく注意を受けるだろう触れ方は、必ず黒服や店長などの管理側の目を盗んで行われる。決定的な証拠がないとキャバ嬢たちも上の者に訴えられず、結果三石は『指名を受けたくない気持ち悪い客』で有名だったのだ。
「でもナチュラルな感じも美人だね。これはこれでいいかも」
「あ、あんまり見ないでください……恥ずかしいので」
三石の舐めるような視線が気持ち悪くショッピングカートごと後退りする。しかしその動きに三石も追従してくる。