御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 まさか気づかれるとは思ってもいなかった。

 彼の言うように今の美果はメイクもごく軽くしかしていないし、着ている服もストレッチパンツとTシャツという家事をするときの動きやすさを重視した服装だ。髪も巻かずに後ろでお団子にしただけだし、どう考えても煌びやかに装った『さやか』とは別人なのに。

「俺、さやかちゃんが急にLilinを辞めちゃうからすごい心配したし、寂しかったんだけど?」
「も、申し訳ございません」

 ねっとりと気色の悪い声で責められ、背中に変な汗をかく。

 条件反射で謝罪してしまったが、美果は悪いことはしていない。転職が決まった美果は、Lilinを辞める二週間前には、付き合いのあった客に営業用スマートフォンから挨拶メールを出していた。それに最後の出勤日には卒業のミニイベントも催してもらった。もちろんその案内も、ちゃんと出していたのだ。

 だから美果が三石の前から突然消えたような言い方をされるいわれはない。ましてキャバ嬢でもなんでもない今の美果が、客でもなんでもない三石に身体を密着されて見つめられる必要なんてないのに。

「うん……いいな」
「え?」

 美果をじろじろ見ていた三石がぽつりと呟く。その視線は美果の胸元だ。

「お買い物してるんだ?」
「そ、そうです……ね」
「ってことは、さやかちゃんこの辺に住んでるんだね」
「いえ、私の家はこの辺りではないです……」
「嘘。そんなラフな格好で米とか洗剤買うために遠くまで来ないでしょ。ほら、重たいだろうから俺がその荷物運んであげるよ」

< 120 / 143 >

この作品をシェア

pagetop