御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
三石がショッピングカートを一瞥してにやにやと笑うが、美果は嘘などついていない。翔の家は車で十五分ほどだが、美果の家は一時間近くかかるのだ。
しかしそんな説明を三石にするつもりはない。かといってカートを握ったままでは逃げることもできない。積んでいるものが翔のための食材や日用品じゃなかったらこのカートを押しつけて逃走するところだが、人目もある状態でそんな暴挙に出るわけにもいかない。
「いいから、ほら。俺の車すぐそこだし」
「け、結構です!」
「怖がらなくていいって。ほら、ちゃんと優しくするから」
美果の大きな声を聞いた三石が強引に手首を掴む。その手の平がやや汗ばんでいることに気付くと、全身にぞわッと悪寒が走る。気持ち悪い……!
三石が美果の抵抗をねじ伏せるように強い力でぐいぐい腕を引っ張り始める。これはもう、カートで轢いても正当防衛ということで許してもらえる状況だろう。
翔さん、ごめんなさい! と心の中で謝罪してショッピングカートのグリップを握った美果だが、その直前に背後から大きな声が聞こえた。
「美果!」
「――え……?」
呼ばれて振り返った視線の先にいたのは、愛車の運転席から降りてきた翔だった。呼びかける声はもちろん彼のもの。焦った表情でこちらに近付いてくるのも、間違いなく翔本人だ。
「私の恋人から手を離して下さい」
「え、しょ、翔さん……!?」
近付いてきた翔の顔は、これまで見たどんな表情よりも怒りに満ちていた。その美しく整った造形が苛立ちに歪む様子に冷たい印象を覚えて固まってしまう。その怒りが自分に向けられているわけでは無いとわかっているのに、それでも正直、かなり怖い。