御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
しかし美果は恐怖に震えることよりもまず、びっくり仰天してしまう。
(いま、私の名前呼んで……っていうか、恋人……?)
翔から名前を呼ばれたことと恋人だと宣言されたことに驚いて、訂正の言葉も忘れてしまう。どんどんとこちらへ距離を詰めてくる翔の顔を唖然と見上げることしか出来なくなる。
「聞こえなかったのか? 俺の美果に触るなと言ったのですが?」
翔は溢れ出る怒りを抑えることもせず、美果の手首を掴んでいた三石の腕を捻じって強引に引き剥がした。彼が「痛ぇっ」と悲痛な声をあげたので本当に痛そうだと思ったが、美果はそれとは別の状況に震えてしまう。
(翔さんんんん……!? だいぶキャラブレしてますけどーっ!?)
自分のことを俺と言ったり私と言ったり、敬語になったり普段通りになったり怒り口調になったり。
他人に対してはきらきら御曹司で完璧な王子様を演じてきたはずなのに、その人物像とキャラ設定が完全に崩壊している。美果が嫌がっていると気付いて慌てて助けてくれようとしたのだろうが、あまりにも動揺しすぎではないだろうか。
自分の喋り方や態度の乱れに気付いていないのか、握った手に力を込めた翔が三石を通路へ放り投げる。彼は急な解放にバランスを崩してよろめいたが、転倒したのかどうかを確認する前に美果の視界が翳った。
「え……」
三石に掴まれていた腕を翔に掴み直され、そのまま彼の胸の中に抱き寄せられる。直後に感じた翔の香水の香りは、少しウッディでほんのりとスモーキーで、驚くほど甘くて爽やかだ。