御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
思わず胸が高鳴る。その緊張感ごと、美果を離さないとでもいうように強く抱きしめられる。視界を埋め尽くされるように翔の胸と腕に包み込まれると、驚きと恐怖に竦んでいた身体からようやく力が抜けていった。
「なんだよ、結婚するから辞めたのかよ」
二人の様子を見ていた三石が、手の平を返したように冷たい声を出した。その口調はまるで美果に裏切られたような口ぶりである。
もちろん美果がLilinを辞めた理由は結婚ではない。だが三石は完全に勘違いをしたようで、
「女ってほんとそうだよな。信じらんねぇ」
と大声で捨て台詞を吐くと、逃げるようにスーパーの中へ消えていった。
昨晩の豪雨に匹敵するほどの大嵐に見舞われた二人は、数秒そのまま抱き合っていた。だが人目に気づいたのか、ふと力を緩めた翔がようやく美果を解放してくれる。
「大丈夫か、秋月。怪我は?」
「あ、はい……大丈夫です」
翔の問いかけにガッツポーズを作って元気よく答えると、彼もほっと安堵の表情を見せてくれた。
もちろん美果だけではなく買ったばかりの食材も無事だ。直前までショッピングカートを押し付けてやろうと思っていたので、せっかく買った米の袋が破れてその辺一帯がお米だらけになる可能性もあったが、駆けつけた翔がその二秒前で助けてくれたのでどうにか事なきを得た。
翔が美果の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。無事でよかった、と態度で示してくれる翔に照れてしまうが、実は先ほど、これよりもっと照れる状況になっていた。
「……名前」
「ん?」
「いえ、名前で呼ばれたなぁ、と思って……」