御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
咄嗟に恋人のフリをするという選択をした翔の判断は、正解だった。身体を張って美果を守ろうとする姿を見た三石は、二人を固い絆で結ばれた恋人同士だと勘違いしたらしい。きっと自分には分がないと悟ったからこそ、サッと身を引いてくれたのだろう。
けれど名前で呼ぶのは、いくらなんでもサービスがすぎる。そこまでされると美果も照れてしまう。
そう思っていると、翔がフッと笑みを浮かべた。そしてそのまま身を屈めて、正面に立った美果の耳元に顔を寄せる。
翔が、なにかを囁く。
「いい名前だよな、『美果』って」
「え?」
「美しい果実、だろ? ……美味そうだ」
美味そうだ、と呟いた声がいつになく艶めいていて、美果はびくっと身を強張らせてしまう。どくんと飛び跳ねた心臓が突然高速回転し始める。
美果が硬直していると、耳の傍にあった翔の唇が離れた。けれど完全に離れたわけではなく、ほんの少し顔を引いた翔と至近距離で見つめ合う。
――お互いの視線が深く濃く絡む。
「どんな味か気になる……食ってみたい」
「え、しょ……翔さん!?」
冗談……にしてはあまりにも本気すぎる。
翔の目は先ほどの三石と同じぐらい……いや、彼よりもよほど鋭く、声も甘く低く、美果の肩に触れる指先は服越しだというのに焼けるほどの温度を帯びている。
本気で美果を誘うように、本気で喰いつくしたいと望んでいるような表情に、また背中がぞくりと震える。けれど先ほどと違って嫌悪感は一切なく、むしろその言葉と澄んだ瞳に引き寄せられていく。
〝本気〟に誘い込まれて、〝本気〟にさせられる――