御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「冗談、は……やめて下さい」
「……」
美果が絞り出すように懇願すると、翔が纏っていた空気がフッと立ち消えた。
どうやら美果をからかうのは止めてくれたらしいが、ちらりと盗み見た彼は少しだけつまらなさそうな表情をしていた。
* * *
車に荷物を運び込んでショッピングカートを片付けると、まっすぐにマンションに向かう。助手席に乗り込んだ美果もシートベルトを締めたが、車が発進してスーパーの敷地を出てすぐに、翔が意外なことを訊ねてきた。
「なあ、秋月ってモテんの?」
右手で車のハンドルを握り、左手で空調の設定を変える姿はごく自然だ。片手間に訊ねる声にも表情にも真剣な気配は感じられない。
「さっきみたいに言い寄られること、多いのか?」
さっきみたいに、というのは、下心が満載の輩から迫られることだろう。けれどそれと恋愛としての意味でモテることは、別な気がする。
もちろん美果はこれまでの人生で異性にモテた経験はなかったが、素直に認めるのもなんとなく悔しい。認めればああやって下心だけで近付いてくる輩にしか相手にされないと言っているようなものだ。まあ、実際にその通りなのだけれど。
「さあ、どうでしょうね」
「……」
美果としては上手くはぐらかしたつもりだった。だが数分経過してから目だけを動かしてちらりと翔の姿を確認すると、黙り込んでしまった彼の表情は想像以上に暗かった。