御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
以前は使い終わったトイレットペーパーの芯を可燃ごみのダストシュートまでもっていくことすら面倒くさく、ペーパーを使い終わった際に出る芯をそのまま窓枠に並べ、気が向いたときにまとめて捨てるようにしていた。
美果が言うにはその発想がNGらしく『ここは猫さんの場所なので、翔さんのものは置けません。ゴミはゴミ箱へ!』と注意された。
そのときの美果の少し怒った表情を思い出すと、自然と笑顔になってしまう。白く柔らかそうな頬に空気をためて真剣に注意をする姿は、窓辺に置いた猫の置物なんかよりずっとずっと可愛かった。
力説してしまったことを恥ずかしいと感じたのか、最終的には『トイレが可愛い方が気分がいいですよ』と呟いて、頬を赤く染めながら俯いていた。その姿はこっちが震えるほどに可愛らしかった。
思い出し笑いを堪えていると、誠人が驚愕の声を漏らした。
「お前……天ケ瀬翔だぞ……?」
「? なんだよ?」
「トイレが可愛いとか、そんなギャップ萌え必要ないだろ」
「なんの話だ」
確かに翔は、相手が自分に対して良い印象を持つよう普段からやりすぎなぐらい気を遣っている。面倒くさがりでずぼらな性格などおくびにも出さず、本来の人格や性格を無理矢理修正して見栄を張っている自覚もある。
それは事実だが、トイレを可愛くしているのは翔ではなく美果だ。もちろんギャップを狙っているわけではない。
そもそもこの家には自分が気を許した相手にしか足を踏み入れさせないので、他に発見する者はいないと思うのだが。
呆れた気持ちで誠人の顔を眺めると、その視線をかわした彼がクローゼットルームや廊下を見回して感嘆の声をあげた。
「でも確かに、家は綺麗になったし、前より明るくなったな」
「まあ、そうだな」