御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「天ケ瀬さまは天ケ瀬百貨店の部長さんなんですよね~? じゃあお店で会ったことあるのかなぁ♡」
「さやかちゃん、天ケ瀬部長は本社にお勤めなんだから、お店で会うことはないと思うよ?」
「あ、そっか。私ったらかんちがーい!」
「……」

 だから多少やりすぎなぐらい、天然っぽくて明るく親しみやすいキャラクターを装う。もちろん自分でもかなり痛いし寒いな、とは思っている。だがこれはこれで客には受けがよかったりするので、今はもうこのスタイルを貫くしかない。

 それに隣に座っている後輩なんて、美果よりももっと手の込んだ演技で客に接している。もちろんお互いにそれを知っていても指摘しないし関知しないのがここでのマナーだ。人にはそれぞれ仕事のやり方があるし、手を変え品を変え来客に居心地の良い時間を味わってもらうのがキャバ嬢の仕事。日々の疲労や苦労から客を癒すのが、ここで働く女性たちの役目なのだ。

「そっか、変なこと聞いてごめんね」
「いえいえ、大丈夫ですよ~」

 そしてその演技や気遣いに気づいてしまっても、あえて気づかないフリをするのが紳士のたしなみである。品のない客や意地悪な客だとわざわざ指摘してくることもあるが、六本木というこの街では無粋な言動を繰り返す男性は異性にも同性にもモテないものだ。

 翔が引いてくれたことを感じて胸を撫で下ろすと、いつものように上山の言葉巧みなトークとそれにツッコミをいれる小野田の軽快なやりとりが始まる。

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