御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
案の定しっかり覚醒していた翔の顔が間近に迫り、腕で身体を包み込まれてわざと低い声で囁かれる。
そうやって耳元で名前を呼ばれると、美果の身体は今日も感電したように痺れてしまう。低音ボイスが鼓膜を震わせると、思わず大きな声が出そうになってしまう。
「おはようございます、翔さん……」
「ん」
翔の吐息に震える身体の反応を誤魔化すよう、とりあえず朝の返事をする。それを聞いて嬉しそうな声を漏らした翔だが、美果は今日こそ彼に訂正してほしいことがあった。
「あの、翔さん。できれば名字で呼んでほしいんですけど……」
最近、翔が美果のことを名前で呼び始めた。
きっかけには心当たりがある。少し前に翔と一緒にスーパーに出かけたとき、ちょっとした事件があった。そこで下の名前を呼ばれて以来ずっと同じ呼び方をされているので、きっかけそのものは明確である。だが理由がわからない。
あの時『美味そう』『食べてみたい』と不穏な台詞を囁かれたが、美味しそうな字面だから名前で呼ぶというのは、きっかけと動機に関連がない気がする。美果としては、翔が自分を名前で呼ぶ必要はないと思うのだ。
いや、それよりも。
「それと、その……最近、距離が近すぎる気がします。毎朝布団に引っ張り込むのやめてほしいんですが……」